私ごとであるが、今夏で渡米して15年になる。当初は英語もろくに話せず、同じように不自由さを抱えたアジア系の若者たちと限られた語彙(ごい)の中で共通点を見つけ出し、少しずつ、言いたいことと言えることの妥協点を見つけていった。
 最初の年は、病のとき以外は日本語を読まず触れず、ゾンビ映画とテレビアニメ「サウスパーク」と、ジョージ・カーリンのスタンドアップコメディーをせっせと見て、いつかこのようにびりびりシビレがくるような英語を話すのだと野望を燃やしていた。
 それから15年たち、まだまだ拙い上に、どこか関西弁訛(なま)りの英語とはいえ、英語でなんとか仕事もしているつもりであるが、一方で日本語がいささかの変調をきたしている。不自由さというよりは、一つには現在進行形の日本の日本語とのズレである。言葉や習慣は生き物であり、この15年の間に社会も変われば、それに伴って言葉も変化している。
 また、使い手である私の変化もある。英語の生活の中で、英語でしかその存在をうまく言い表すことのできない概念や物が増えてしまったことで、それを日本語で言おうとすると、言葉を見つけられずに、口ごもることになる。
 さらには、後からほぼ大人になってから身に付けた「共通語」というやつが厄介である。日本語の源泉から遠く、米国に暮らしていると、母語でないものから、その能力が失われていく。そのために、突然英語から日本語の共通語に替えて話そうとすると、チューニングが合わずに、関西訛りと共通語の間の、突然変異体のイントネーションが漏れて、自分でぎょっとする。
 比較すれば、書き言葉はその変化は緩やかであるが、日常の書き言葉は刻々変化していて、今どきの日本語では、携帯のテキスト・メッセージでは、句点を使わぬことが常識であると友人に諭される始末。
 日本を訪れるたびにいちいち戸惑い、時に変人扱いもされるが、いびつではあっても当地で暮らした歳月の年輪であり、日系人の伝統的表現を借りれば、「仕方がない」ということでもあろう。(三木昌子)

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です