物語、とりわけフィクションの力を実感させてくれる作家の一人が日系米国人のナオミ・ヒラハラ(近年、邦訳では平原直美を使用)である。
最新シリーズは戦中の強制収容所からシカゴに再定住した日系人アキ・イトウを主人公にした「クラーク・アンド・ディビジョン」と、アキのロサンゼルスに戻ってからの日々を描いた「エバーグリーン」の2冊。いずれも実際の歴史や実在の場所からインスピレーションを得て、綿密な調査を基に、とどまるところを知らない創造性で奥行きの深い歴史の中に読者を誘ってくれるミステリーである。
「エバーグリーン」は、エバーグリーン墓地を中心に、ボイルハイツ、小東京、羅府新報などロサンゼルス在住者にはおなじみの名前が続々と出てくる一方で、ワイオナ・トレーラーキャンプや、ジャパニーズホスピタルなど、日系史をよく知る人以外にはあまり耳慣れない場所の名前も織り交ぜられている。エンターテインメントでありつつ、その重要性に反してこれまでひっそりとしか語られることのなかった歴史にも光が当てられ、小説の中の鍵になる場所として生き生きと描かれている。
一方「クラーク・アンド・ディビジョン」だが、先日、シカゴに出かける機会があり、同地の歴史家エリック・マツナガ氏の案内で同作ゆかりの地を巡り、アキが暮らしたという設定のアパートや、勤務先であったという設定のニューベリー図書館(これに関しては、スエ・クニトミ・エンブリーがモデルになっている)などを歩いた。収容所を出た人々の再定住先としてシカゴのことは知ってはいたが、実際にその場所を歩いてみると、まるでその歩行そのものが時間をさかのぼって歩むような、かけがえのない学びの時間であった。
「フィクションは存在する人々と存在しない人々の会話だ」(チョン・セラン著、斎藤真理子訳「シソンから、」)。フィクションと歴史そのものはもちろん異なるけれど、物語の豊かな力は私たちを想像の向こうの歴史へと誘ってくれる。「クラーク・アンド・ディビジョン」の邦訳の刊行はまもなくである。(三木昌子)
