夫は近ごろ魚を食べたがる。高知の海辺で生まれ育った当人によれば、嗜好が子ども返りしているのだそうだ。また、歯が弱くなり柔らかいものが食べやすいという理由もあるらしい。幸いなことに、以前に比べると魚はスーパーマーケットや大型量販店にも多く出回るようになった。
魚も種類によって価格差が大きい。地元シアトルで豊富な鮭(コーホーやサーカイ)を1ポンド10ドル前後とするなら、キングサーモンやブラックコッド、ハリバット(オヒョウ)はその2倍から時には3倍近い。ある日、見知らぬ魚に手を伸ばしている人に夫が尋ねたところ、「おいしい」との返事。値段はポンドあたり6ドルほど。安くておいしいならと購入した。ラベルには養殖ティラピアとある。ピラニアによく似た名前で少々怖くもあり、調べてみようとなった。
同じような連想をする人は少なくないのだろう。ウェブ事典の冒頭に「ピラニアとは異なります」とあり、ちょっとホッとする。原産地はアフリカと中近東で、淡水および汽水に生息。それが世界中の河川に導入されたのは、第2次世界大戦後の食糧危機対策だったらしい。日本の市場には、外観が鯛に似ていることから「いずみ鯛」という高級感のある名で登場した。
読み進むうちに、興味深い記述を見つけた。魚類学者でもある皇太子明仁親王(現上皇)は1960年代、タイ王国の食糧事情が厳しいと知ってタイ国王にティラピアを50匹贈ってティラピア養殖を提案。タイ政府はそれを受け、現在、タイでは広くティラピアが食されているとのこと。その上、73年のバングラディシュでの食糧危機に際しては、タイがバングラディシュに自国で養殖したティラピアの親魚50万匹を贈呈したとある。
まるで、享保の大飢饉の頃に人々を救おうと青木昆陽が普及を推し進めたサツマイモのようではないか。ティラピアの印象が随分と変わってきた。夫などは、「上皇さまの選んだ魚が悪いはずはない」と言う。コスコで購入したパッケージにはティラピアが8匹分。おいしい食べ方を探して、焼く、蒸す、天ぷら、燻製などを試しているところだ。(楠瀬明子)
