伝統的なスタイルの群舞を披露した豊春会

「黒田節」や「糸魚川小唄」、「武田節」など8曲を演奏した竹嶺会

 南加日本民謡協会主催の恒例行事「秋の民謡・民舞ショー」が7日、ガーデナのケン・ナカオカ・コミュニティーセンターで開催され、日本各地の民謡や民舞の響きに包まれた。民謡の「松前会」「竹嶺会」「松豊会」、そして民舞の日本民踊研究会「寿の会」と同「豊春会」の計5団体が出演した。
 最初に舞台に上がった松前会(会主・松前勝清)はサンディエゴ在住の勝清師を中心に各地に散らばる同会の演奏家が集結し、「金比羅船々」(香川)や「佐渡おけさ」(新潟)など5曲を披露した。

「金比羅船々」や「佐渡おけさ」など5曲を演奏する松前会

 「寿の会」と「豊春会」は共に、日本の名古屋の本部を母体とする民謡舞踊の姉妹グループ。第1部ではまず、井本豊春寿師が指導する寿の会が現代的なアレンジで新鮮な民謡舞踊を披露した。「チャッキリ節」(静岡)、「会津磐梯山」(福島)、「よさこいソーラン夫婦花」で見せた伝統的な民謡とは異なる趣の振り付けについて、井本師は「明るくて、みんなで楽しく踊れるような、そんな踊りもあるということで選んだ」と強調した。
 続いて橋本豊春喜師の豊春会は「野州麦打ち唄」(栃木)や「安房節」(千葉)で伝統的なスタイルの民舞を披露した。両グループは第2部でも衣装や小道具を変えて、それぞれ数曲の踊りを披露した。

現代的なアレンジで民謡舞踊を披露した寿の会

 来賓のあいさつや休憩を挾み第2部では竹嶺会(会主・木津嶺式)が「黒田節」(福岡)、「秋田おばこ」(秋田)など7曲を披露、松豊会(会主・佐藤松豊)は「ヨエホ節」(栃木)、「黒石よされ」(青森)を含む8曲を演奏し、最近新設された民舞部門の会員も踊りで出演した。フィナーレは「炭坑節」(福岡)に合わせて出演者と観客が踊り、世代を超えて一つの輪が広がる光景に、伝統の力強い息づかいが感じられた。拍手と笑顔に包まれ、ショーは盛大に幕を閉じた。

活動の継承の課題
 南加日本民謡協会は1963年、南加日系商工会議所(南加日商)の文化部の一つとして発足し、今年で創立62周年。後に独立し、秋の民謡・民舞ショーは今回で第27回を数える。来賓としてあいさつに立った南加日商のトゥルーディ・ノドハラさんは「120周年を迎える南加日商の歴史に比べて民謡協会はまだ半分。120年続くように頑張って」とエールを送った。

民謡8曲に加え、民舞の会員も踊った松豊会

 また年に一度の演芸大会を主催することから民謡協会と関係が深い南加県人会協議会の大谷喜平会長は「日本の文化や慣習を次の世代に継承し広めていくという同じ志を持っている」と活動をたたえた。
 協会の歴史を振り返ると、かつては15以上の団体が参加し、師匠、弟子、そしてその家族らが南カリフォルニアから全米へと日本の伝統的な曲、音、そして踊りを教え伝えていた。しかし1世の演奏家や会主、会員が引退・死去すると後継が途絶え、現在は5団体のみになっている。
 文化継承の難しさを考えた時、伝統を守り続けるには、新たな後継者や指導者を育て、グループを維持・発展させることが重要である。
 豊春会の橋本師は「次世代に引き継げなかった団体が多かったことは残念だ」と話し、橋本師自身は「母が引退しその後亡くなったため、現在は1人でグループを続けている」と説明した。ただ、自身には子どもがいないため、未来への継続については志を持つ若い世代の指導者を探し、その人物が周囲を励ましながら共に成長し、グループを広げていくことを願っていると話した。橋本師の指導言語は英語であり、生徒は日系人に限らず韓国人やタイ人の生徒もいるという。「民謡は群舞なので、3人以上でそろって踊るのが望ましい。十分な人数を確保し、長い訓練を経て各地で活動できる体制を築くことが課題」と述べた。

井本豊春寿師(右)を先頭に「炭坑節」を踊る出演者と観客

 寿の会の井本師は、懸命に振り付けを練習した出演者の努力をたたえると同時に、母体となっている名古屋の団体は規模が大きく、その支援があることは活動の大きな励みになっていることを示唆した。
 竹嶺会は初代木津嶺志津師が5年前に亡くなった後、娘の嶺式師や会員が存続に力を注いできたグループだ。受け継がれてきた同会の伝統を続け、指導費や会場費は取らず、月2回の定期練習を続けている。日系6世も活動に参加し、地域社会や幅広い世代に日本文化を伝え続けてきた活動の意義を尊重し、世代を超えて民謡文化を保存・継承している。

民謡に加え、民舞の新部門を立ち上げた松豊会の佐藤松豊師(左)と司会を務めたタック西さん

 松豊会の佐藤松豊師は最近、民舞の新部門を立ち上げた。「もし(松豊会から)独立して参加すれば、所属団体は一つ増えることになる」と話す他、日本から尺八のグループを招く計画など、民謡を活気付けるアイデアを次々と披露。「お金に縛られる世界ではなく、後に続く人を育て、日本文化を守りたい。邦楽全体がもっと頑張ってほしい」と話した。松豊会は佐藤師の娘の真りさ(まりさ)師がグループを引き継いで行くことで、未来への地盤を固めつつある。
 司会を務めたタック西さんは創設時から協会に関わってきた。「意義のあることを皆が一生懸命やっているから、僕も89歳だけど、できるだけのことで支援したい」と熱く語る。1世の持ち込んだ文化が2世、3世、4世の世代とうまく混ざらないと文化は続いていかない。「民謡協会の場合、五つのうち2、3のグループの主宰者は英語が母国語となっている」と話し、息の長い活動と世代交代の大切さを指摘した。(長井智子、写真も)

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