「漂流した船に4人の男がいる。食料も水もなくなった24日目、海水を飲んで死にそうになった男を殺して、食べてしまう。やっと救助されるが、3人は殺人罪などで起訴される。君ならどう裁くか」
 そんな具体的な命題を取り上げ、ソクラテスやカントといった哲学者の理論を当てはめ、正義とはなにかを考えさせる。そんな授業がハーバード大学で学生たちを引き付けている。毎回1000人超の学生が押し寄せ、履修者数は400年近い同大学の歴史の中で史上最多記録を更新中なのだ。
 あまりの人気に一般公開に踏み切る一方、テレビ局が講義の模様を録画、日本でもNHK教育テレビがこれを放映したところ視聴率は過去最高らしい。講義をするのは、マイケル・サンデル教授(57)。先週、同教授にインタビューした。
 秀才中の秀才が選ばれる英オックスフォード大学ローズ奨学生として英国留学。帰国後は27歳でハーバード大学の教壇に立ち、それ以後30年間、「正義論」を教えてきた。政治哲学と聞いただけであくびが出そうになるのに、なぜ教授の授業は学生たちを引き付けるのか。
 教授の教え方は冒頭に挙げたような私たちが直面しそうな事例を提示し、学生たちと対話するのだ。これが唯一正しいという答えはない。しかし対話する中で、正義とはなにか、道義とはなにかについて、21世紀の今古東西の歴史的な哲学者たちが考え抜いた次元に学生たちを導きいれ、「倫理探索の旅」にいざなうのだ。
 「私も学生時代は政治哲学の授業が退屈で仕方なかった。そこで考えた。どうしたらもっとエキサイティングに教えられないか。確かに哲学という学問の学術内容には高度にテクニカルなものもあるかもしれない。しかしその内容を変えることなく、もっと身近に思考できる道はあると思った」
 教授は、8月に訪日して、東大安田講堂で学生たちを前に講義をする。
 日本では、物質面での豊かさと生ぬるさに浸りきって、留学したいという学生が激減している。「パラダイス鎖国」というらしい。教授の白熱教室に東大生はどんな反応を示すだろうか。【高濱 賛】

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