♪真綿色したシクラメンほどすがしいものはない…。オーロラ日本語奨学金基金がシンガー・ソングライター小椋佳を招いて開いたベネフィット・コンサートで、作詞作曲の小椋が自ら披露した「シクラメンのかほり」の最初のフレーズ。布施明が歌って大ヒットした曲だから、耳に心地よく響いてくる。
 真綿は蚕の繭から取り出して作る絹の一種。白くて光沢があり、丈夫で柔らかく、保温性にも富んでいるため、昔から布団や防寒着の中に詰め込む素材として利用されてきた。しかし、今では日本人でも知らない人が多いようで、遠まわしにじわじわと相手を責め立てるたとえに「真綿で首を絞める」と言っても、特に若い人などはただ目を白黒させるだけ。真綿を見たこともないのだから、小椋の言いたいその感触がどこまで伝わったか、少し心配でもある。
 アメリカで日本語教育の推奨に力を注いでいるオーロラ基金。小椋の真骨頂は、その日本語の持つ柔らかい響き、味わい、連想性の豊かさを巧みに組み合わせ、形容詞の選択に飛びぬけた感性を発揮する点にある、と思う。
 ♪季節がほほを染めて過ぎてゆきました…とか、美空ひばりに提供した名曲「愛燦燦」の…♪それでも過去たちは優しく睫毛に憩う…とか、♪未来たちは人待ち顔して微笑む…などの表現はなかなか思い浮かぶものではない。そうかと言って、特段、奇をてらったそぶりを感じさせないのは、小椋の素直な人間性がそのまま表れているからなのかもしれない。
 16分音符を多用して話しかけるような旋律に、情緒豊かな美しい詩が微妙な半音を伴って、聴く人の心に優しく、時には力強く呼びかける。落ち着きのあるバリトンを効かせた小椋のゆったりとした普段着の語らいと耳に馴染んだメロディーが聴衆の心を満たす。
 人それぞれの来し方の思い出を、♪呼び戻すことができるなら、ぼくは何を惜しむだろう…。日本語の持つ繊細さと豊かさを再認識させるような、素敵なコンサート・トークショー。【石原 嵩】

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