日本の知人が、ロサンゼルス在住の息子から「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう」という電子メールを受け取った時、とっさに浮かんだのは息子の自殺だったという。
このところ鬱(うつ)気味の気配が感じられたので、様子を見るため夏には夫婦で渡米しようと航空券を手配した矢先のこと。「もう間に合わないかもしれないけれど、今すぐ息子のもとに行かねば。夜が明け次第、航空券を探して飛びます…」。電話を通して聞こえる差し迫った母親の声に、私も一緒に祈る思い。英語は苦手という彼女の、入国の際の一助になればと、事情を説明する英文の手紙を作成する約束をして急ぎ机に向かった。
すると数時間後、「生きていました。息子は、生きていました」という喜ぶ声が届いた。
親類の者が日本からロサンゼルス警察に、自殺の恐れがある人物について保護を願う電話を入れたところ、息子はLAPDの手で専門家による自殺防止の監視施設に移され、そのことがロサンゼルスの総領事館から連絡があったという。
一定期間は監視下に置かれているらしいので、ひとまず時間の余裕ができた。まだ夫は手続をしたばかりで旅券を持っていないが、事情が事情なので一日でも早く発給されるよう総領事館が外務省に連絡を入れてくれるらしい…とも。
両親を仰天させた電子メールが届いて半日足らずのうちの、事態の急展開だった。
数日後、知人は夫婦でロサンゼルスに到着した。英文の手紙が役立ったこと、息子の無事な姿を見てほっとしたことなどが、電話口で語られた。
両親の心配はひょっとしたら杞憂だったかもしれない。いや、両親の行動が息子の命を救ったのかもしれない。本当のことは私にはわからないままだ。
しかし、日本からの電話にもLAPDが迅速に対応することや、総領事館が側面からいろいろと助力して邦人保護にあたることは、これまで幸いというか自分で経験のないままでいただけに、非常に印象に残った。そして何よりも、母親の熱い思いに強く心動かされたのだった。【楠瀬明子】