日本から1週間ほどシアトルに、親戚の娘がやって来た。都心の職場に通っては夜遅く帰宅する毎日を送っているが、震災後、「これを日々繰り返すだけで一生を終わっていいのか」と疑問が湧いたのだという。
 最初に連れて行ったのは、観光客でにぎわうパイクプレース・マーケット。100年以上の歴史を持ち、新鮮な野菜果物や色とりどりの花、売り子の掛け声と共に空中を飛び交う鮭などが人目を引く。それに加えて、スターバックス・コーヒーの1号店があり、近頃はそれを目的に日本から訪れる若者も少なくない。
 ぜひ見せたいと思って私が案内したのは、シアトルから15マイルほど東にあるイサコアの町だ。鮭の孵化場があり、秋になると鮭が帰ってくる。4、5年前にイサコア・クリークを下っていった鮭は太平洋で成長し、産卵のために再び戻ってくるのだ。
 大海原からの道のりは厳しい。数ある困難を潜り抜けてピュージェット湾に面したシアトルにたどり着いても、生まれた川やクリークに戻るには、チッテンデン水門を経て、海面より水位の高いワシントン湖に入らねばならない。
 毎年夏になると、船の行き交う水門脇のフィッシュラダーを鮭が渾身の力で泳ぎ上る様子を、ガラス越しに見ることが出来る。激しい水の流れに押し戻されそうになっては諦めない鮭の姿に、「頑張れ」と大人も子供も声援を送らずにはいられない。
 そうやって真水に戻った鮭が、秋には川を上ってくる。今年も、イサコア・クリークにたくさんの鮭が戻ってきた。清流のあちこちに見える鮭の姿。スーイと進んでは一息つくように一個所に身を潜める鮭があれば、バシャバシャと水音たてているものも。水底に赤く見えるのは産み落とされた卵。その向こうの浅瀬には、目的を果たし終えた鮭の白くなった体が横たわっている…。
 彼女は橋の上から、そんな光景にひとしきり見入っていた。力の限り行動して死んでいく鮭の姿に、強く感じるものがあったと言う。
 シアトル観光では鮭見物もお勧めしたい。イサコアでは毎年10月最初の週末に、サーモン・フェスティバルも開かれる。【楠瀬明子】

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