スペインに住む高校時代からの親友とフェイスブック上で久しぶりにチャットをした。
 時差もあるし、お互い小さい子供がいるので、普段は短いメッセージのやり取りや、彼女がポストした写真にコメントをつける程度。面倒くさがりの筆者と違って、マメな彼女は日本の食材があまり手に入らないため、おでんのタネを魚の白身から作ってみたり、お菓子を作ったり、手編みの作品などの写真をアップしているので、ほとんど日本人がいない地域でもそれなりに楽しくやっていると思っていた。
 ところが、久しぶりにチャットを始めると、障害を抱える長男について出産してからこれまでの葛藤や、年上の長女がよく面倒を見てくれること、長男のリハビリや世話などで時間が取られ、思うように長女を構ってやれなくて申し訳なく思っていることなど、こちらが一行返事を書いている間にすごいスピードで送られてくる。
 フェイスブック上での楽しそうなブログだけをうのみにしていたが、実は家族と離れ単身で渡った異国でさまざまな悩みがあり、不器用な彼女は全て内に秘め、相当なストレスが溜まっていることも知った。
 失業率が20パーセントを超える環境で、夫のリストラや政府が負担する長男のリハビリ予算が打ち切られる不安や、いかに自分が大変かなどメッセージは延々と続く。恐らく日々のストレスをさらけ出す相手が周りにあまりいないのだろう。
 筆者も長女を出産してから、慣れない子育てに格闘していたため、気づかぬ間に友人と疎遠になっていた。きっとこれまで彼女は何度もSOSを送ってきていたはずなのに、サインに気づかなかったことに心が痛む。彼女が熱心に日常生活をアップするのも外の世界とつながっていたい、誰かに認めてもらいたいといった気持ちが働いているのかもしれない。
 一対多数のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は相手が発信したい情報だけ受け取るため、うっかりすると言葉の裏にある大切なことを見逃してしまう危険性がある。やはり一対一のコミュニケーションも大事だ。【下井庸子】

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