日本記録保持者など、地方の国立大としては信じがたい数々の優れた選手を育てた名伯楽だ。その理論に基づく育成法の原点は、米国にあるという。
 1991年に渡米し、カール・ルイスなど五輪金メダリストを育てた名コーチ、トム・テレツ氏の教えを仰いだ。「日本人は器用なので動き(体の末端)をいじってしまう。でも、人間の体を物体として運ぶという大本の『走ることは何か』を学んだ」

1957年、佐賀県伊万里市出身。短距離走の技術書など著書多数
 その教えを持ち帰り「10年かけて、やっと100メートルの日本記録を出せた」。研究を重ねた理論を広め、弱かった日本の短距離女子全体のレベルアップにつなげたことと、4人のオリンピアンを育てたことを自負する。
 コーチの醍醐味は「選手個々の潜在能力を引き出し、磨いてシンデレラに変えること」。だが「磨くのは選手自身」だといい「そのお手伝いをするのがコーチ」と脇役に徹する。
 教授を務める福島大では遺伝子を研究。「トレーニングにより遺伝子が変わる(メチル化)かも知れない。新たなものを見つければ、また勝ちにつなげることができる」と、さまざまな仮説を立てて分析する。
 常に世界に目を向け、「実験場」ととらえる国際大会参加。自身は「敵情を知らなければ」と、有名なコーチとコミュニケーションを図る。情報を収集するが、追従を戒め「それを真似するのではなく、日本人の体形と遺伝子にあったトレーニングを探し出せば、世界に近づく。(陸上)先進国のアメリカに追いつく日が来ると思う」と信念を持つ。
 福島大で職を得た際に「ここで最後まで頑張り、40年かけて福島を『陸上王国』にする」。他からの監督就任のオファーを断り、初志貫徹。「育ててもらった福島を陸上で活性させたい」。恩返しの気持ちは、東日本大震災で被災し、いっそう強まった。【永田潤、写真も】