先日、鎌倉に住む母に電話をしたところ興味深い話を聞いた。
東日本大震災、福島原発事故により、避難を余儀なくされた福島県や周辺の被災者が、鎌倉市が提供した雇用促進住宅に移ってきたのは昨年の6月。紙袋がたった二つ。これが鎌倉に到着した時点での被災者の荷物だったという。原発事故後、各地を転々とした被災者は心身ともに疲れ果て、また多くの大切なものを失った彼らの喪失感は大変なものだった。
そこで、鎌倉在住の数人がボランティアとして活動を始め、その一環で長年心理学と華道を組み合わせたセラピーを研究している母は、池坊生け花とアレンジメントとを希望者に教え始めた。当初は、いらない枝や葉もまるごと花器に入れ、決してその花器を触らせなかった女性や、陸前高田の奇跡の一本松です、といって裸の枝だけのアレンジメントをした女性など、教える側の母も花を通して被災者の心の傷の深さに衝撃を受けたという。
最初はやり場のない怒りで険しい顔、または反対に無気力だった被災者たちも、生け花に触れることで、少しずつ変化の兆しが見られるようになった。ほんのささいなことでも褒められると笑顔になってきたという。「何が原因で変わったんだろうか」と電話の向こうの母に尋ねたところ「花の活力に触れ、美しい花ばなを見ることによって少しずつ心の傷が癒されてきていると思う」
2014年4月まで雇用促進住宅に住める期限が延長されたものの、除染作業が遅々として進まないので当分住める状態ではない。すでに鎌倉を終の住処とし て、仕事を探している被災者も多い。そんな被災者を支えるべく、地道なボランティア活動をしている人もいるものの、わずかな一時金を手にした被災者を妬む人も少なくない。受け入れ側もさまざまだ。
アメリカ各地でも復興支援のため、さまざまな活動を続けているボランティアも数多くいる。
復興への道のりは時間がかかるが、みなで力を合わせていけば道は開ける。【下井庸子】