私のピンをお読みなさい。今日の会議の雲行きを聞く記者団に放ったマデレーン・オルブライトの言である。
 今、そのピン(ブローチ)のコレクションがサンタアナのバウアーズ博物館で公開されている。師走の平日、多数の鑑賞者で賑わい、身を飾るピンに寄せる女性たちの関心の高さを伺わせた。
 マダムオルブライトは国連大使を務めた後、時の大統領クリントンによって米国国務長官に任命された。女性で初めての最も権力のある地位だ。当初は女性らしさを表すにすぎなかったピンだが、サダム・フセインに蛇と呼ばれて以来、特殊なものになった。
 全イラク会議で、胸に蛇のピンが付けられた。以来、彼女の精神はピンに反映され、ピンは象徴としての役目を果たす。
 ヤサ・アラファト会談では虫のピン。キューバ軍に米国の民間機が撃ち落とされ、4人が命を落とした時には青い鳥のピンは下に向いていた。
 女性がガラスの天井を破ったことをたたえ、壊れたガラス片のピン。ベルリンの壁崩壊後にそのかけらでつくられたピン。9・11の銀の国旗のピン。ハリケーンカトリーナの犠牲者の形見、紫の花のピン。人が地球を掲げたピンは国務を預かる者の重責を果たす会議に。胸に付けられた数々のピンの場とそのピンを付ける時に込められたであろう覇気に鼓舞されるものがある。
 緊迫した外交史に同席し、国政の一道具となったピンばかりではない。無垢なユーモアにあふれたピンも多い。国旗、鷲、動物、蝶、花、風船、楽器。アンティークの高価な鷹から10ドルのものまである。娘のケイティが5歳の時に母に贈った粘土細工のハートのピンはプライスレス。バレンタインデーには必ずつけるとか。私たちと同じだ。
 「女性は全てを手に入れられます。一度にはできないけれども」
 妻、母、学者、教授、外交官。一女性の歴史もピンが彩った。300個のピンは静かに輝き、語りかけている。
 「価値ある仕事は信念を持って行われるものです。背筋をまっすぐにのばして、ひるまないで下さい。私のピンをお読みなさい」と。【萩野千鶴子】

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