夏はロサンゼルスの日系コミュニティーが一段と盛り上がりをみせる季節だ。二世週祭が開幕し、随所でイベントが行われるほか、南カリフォルニアの至る所で各県人会の恒例行事のピクニックが開催されている。
ピクニックは最初に移民としてやってきた1世たちが、言葉も生活習慣も違う異国で苦労を重ねる中、同じ故郷から海を渡ってやってきた同郷人と集い親睦を深めたのが始まりだと聞いている。当時の1世たちにとってピクニックは単なる集まりなどではなく、異国での苦労を仲間と共に分かち合える大切な行事のひとつだったに違いない。
長い歴史とともに続いてきた恒例行事は同時に、日系社会の世代の変化も写し出している。時代の流れとともに3世、4世が多くなってくると、言葉も日本語から英語へと移り変わり、また今の若い世代の日系人たちは日本語が分からないため、若い世代の積極的な参加を促し、世代交代を後押ししようと完全に英語に切り替えた会もある。若い世代のコミュニティーへの参加は、どの日系諸団体にとっても大きな課題のようだ。
沖縄のように独自の文化が根付く県人会では、琉球民謡や舞踊などに魅了された若い日系人も多く、自分のルーツである伝統芸能を受け継ぎ、米国で継承していこうとする動きもみられる。また山形県人会のように伝統料理の芋煮を振る舞い、本場さながらの郷土料理を味わう機会をつくり、他県出身者も参加するところも。
高校を卒業し大学に進学予定の日系子弟に奨学金を授与したり、日本への短期留学プログラムを企画するなど、若者支援を積極的に行う団体は多く、そうした地道な努力が、若い世代と日系コミュニティーを結びつけているのだろう。
日系1世たちがそうであったように、今ではピクニックは新1世同士が言葉の壁や慣れない生活の苦労を分かち合う場所になっているようだ。途絶えてはいけない、受け継いでいかなければいけない風習や行事が日系コミュニティーには今も残されている。【吉田純子】