慎ちゃんは、妹の夫です。妹がどんな人と結婚するのか想像すらできなかったのですが、それは寡黙で、几帳面で、誠実な人柄が一目で分かる青年でした。夫婦で共に看護士という不規則な生活環境にも、元気でしっかり者の三人の娘たちが支えました。腎臓が悪くて長い間透析をしていた時にはまわりに負担を掛けたかもしれませんが、お母さんの腎臓をもらってからは元気になって家族を支えました。念願の自宅も購入し、植物や熱帯魚にも親身になって育て、時には好きなギターも奏でたそうです。
僕は慎ちゃんの三人の娘たちに本をプレゼントすることにしました。本は自分の世界を広げて、そして他人をいたわることも教えてくれるからです。父親に似てしっかり者で、母親に似て頑張り屋さんであってほしいと願いました。くしゃくしゃな笑顔で、そして照れくさそうに、慎ちゃんは僕にお礼を言いました。この父娘を見ていたら、娘たちは父を尊敬し、父は娘たちを心の底から愛しているのがよくわかりました。
いつもは無口で控えめな慎ちゃんが、強い物腰で言ったことがありました。それは義理の母親、つまり僕と妹の実母が自分の老後を嘆いた時です。慎ちゃんは母の言葉をさえぎって言いました。義母さんの老後の面倒は自分が見る。だから心配しないでと。実の子供でも言えないような言葉を、慎ちゃんがきっぱりと言えることに僕は驚き、そして安心し、感謝しました。
それから半年後、何の前触れもなく、慎ちゃんが突然逝ってしまいました。まだ37歳。小中学生の娘たちが成長する姿を見ないなんて、それは無いでしょう。人生が修行だとしたら、慎ちゃんには修行がもう必要なかったのだろうか。そう思い込むことで自分を納得させようとしました。でもね、慎ちゃん。慎ちゃんの残した三人の娘と妹の心の中には慎ちゃんの家族への思いやりと、強い意志が遺産として受け継がれているようです。それは慎ちゃんが生きた証だと思いました。お金や資産ではない、心の遺産です。【朝倉巨瑞】