1966年創設の日本民謡「松豊会」(佐藤松豊会主)は1日、日ごろの練習の成果を一般に披露する温習会をガーデナで催した。この日はロサンゼルス支部とラスベガス支部から約40人が参加し、美しい音色で集まった人々に民謡の素晴らしさを伝えた。
同会には現在、ロサンゼルス地区に50人、サンフランシスコ地区に13人の生徒を抱え、昨年からラスベガスにも支部を開設した。今年72歳になる佐藤さんは、「もともとサンフランシスコから始まった会なので、北加にも熱心な生徒さんがいる」と、現在も月に一度の割合で北加での指導を続けている。
今回の温習会には日程の都合でサンフランシスコからの会員は来られなかったが、会場には生徒の家族や友人、また民謡ファンらが集まり、和気あいあいとした雰囲気の中、演奏を満喫した。
設立当初は在米日本人が中心だった生徒も、日系3世や非日系、また三味線に触れたことがない若い日本人の生徒が入会するようになり、世代や人種を超え民謡の魅力が広まりつつある。
この日、青森県の「リンゴ節」を初めてソロ演奏したエルサルバドル系のジオバーニー・アレクサンドラさんは、半年前に入会した。写真家として同会の小杉真リサさんらの撮影をした際、耳にした三味線の音色に魅了されたのが入会のきっかけという。「日本とのかかわりは一切ないが、美しい三味線の音色がずっと心に残り習いたいと思った」といい、三味線や民謡を通じて学ぶ日本文化に興味が湧き、いつか日本を訪れるのが夢だと話した。
また、13歳という若さで佐賀県の「天竜下れば」を堂々と演奏したのは神宮沙良さん。2年前から同会で三味線を習う母佐和子さんの影響を受け、約1年前に入会。「はじめは母に太鼓を勧められたが、三味線の音色がかっこよくて三味線を習っている」。今では、母娘で一緒に楽しみながら三味線の練習に励んでいるという。
同会会主の佐藤さんは、「若い世代や非日系らの生徒にも三味線の素晴らしさが伝わり嬉しく思う」といい、「日本の青春を捨てて渡米しゼロから築き上げた会なので、灰になるまで続けたい。1人でも多くの人に三味線の音色を聞いてもらえれば、アメリカに三味線が残っていくと思う」と、これからも指導に力を入れていくと抱負を語った。【中村良子、写真も】
