大きなダンボールの箱を重そうにオフィスに持ち込んだのは三世のAさん。中身はぎっしりと詰まった古い日本のレコードでした。浪曲あり戦前戦後の流行歌あり、うっすらとにおうカビの臭いさえなつかしい。
 「誰かこのレコードを聞きたい人はいませんか。母が大事にしていたので、捨てられなくてね。あげるよ」
 時々こんな人がやって来ます。あげるよと言われても、貰ってくれる人がいないのです。気持ちはよく分かるのですが、もうレコード・プレーヤーを持っている人さえ珍しいのです。
 「誰か聴きたい人いるでしょう。誰も欲しくないなら捨ててもいいよ」
 Aさんはニコニコ手を振って箱を置いたまま帰っていきました。自分ではどうしても捨てられない物を寄付します、などと言って置いていく人は結構多いのです。
 重いレコード盤はカセットテープに替わり、それが何年もせずにコンパクトデスクに座を奪われ、今や音楽も音だけでは売れないらしくて映像を伴ったDVDの世界です。
 このごろは、突拍子もないメーキャップをした歌手がアクロバットのような振りのダンスをしながらドライアイスの煙の中から現れたり、紅蓮の炎をバックに歌うというよりわめいています。
 先だってはある歌手がビルディングを壊すときに使う大きな鉄球に乗ってゆれながらセクシーな表情で歌っておりました。
 ここはアメリカですし、今は2013年ですから礼儀正しく直立不動で歌っていた東海林太郎さんや藤山一郎さんとまでは言いませんが、奇抜さを競いいろいろな小道具大道具、演出に助けられねば歌えない歌手が増えてきたようでさびしい限りです。
 これを情けないと感じるのはアンタが古い、と言われれば否定はしません。愚痴の言いついでにもうひとつ。
 先日、日本の歌手が、外国人の歌手が日本語で歌っているのでは? と思うほど舌足らずのひどい訛りで歌っているのを聴きました。せめて日本語の歌くらいまともに発音してくださいよ。
 Aさんが置いていった貰い手の無い箱の中に歌らしい歌がいっぱい入っているような気がしてきました。【川口加代子】

Leave a comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *