4月23日から25日にかけて、オバマ大統領が国賓として訪日した。国賓としての米大統領の日本訪問はクリントン大統領以来18年ぶり。外国首脳の訪日は、二国間問題を解決する重要な場であるだけでなく、首脳同士の個人的な関係を深め、日本という国を知ってもらい、また日本国民にも相手国首脳の人間的な面を紹介するまたとない機会だ。
外務省の本省にいたころ、何度か公式通訳として、あるいは準備要員として、外国首脳の訪日に関わった。この中で特に印象に残っているのは、1992年のブッシュ(パパ・ブッシュ)大統領夫妻の国賓訪問だ。
大統領は京都訪問を皮切りに、東京では宮沢総理との首脳会談のほか、陛下とのテニスも楽しまれ、総理公邸での晩餐会となった。私はブッシュ大統領と宮沢総理夫人の背後で、お二人の通訳を務めていた。
メインディッシュのステーキが運ばれてきたころ、大統領が急に無口になり、突然、「気分が悪い」とおっしゃった。
え? 今、なんとおっしゃいました? と聞きなおす間もなく、大統領はそのまま気を失って倒れこまれてしまった。それから先のことは、あまりに劇的で映像の断片が頭に焼き付いている。
物凄い勢いで駆けつけるシークレット・サービス、駆け寄るバーバラ夫人。騒然とする場内。救急チームが到着するころには、大統領の意識は戻り、担架に乗るのは拒んで、笑顔で手を振りながら自力で退場された。
決して良い想い出とは言いがたい事件。大統領も後日の記者会見で、「本当に恥ずかしかった」と苦笑しておられた。けれども、ブッシュ大統領の人間臭さや、その時のバーバラ夫人の毅然とした態度は、私たちの心に深く焼き付いた。当時を思い出すたび、首脳訪問の意味や深みに思いを巡らせる。
外務省を離れた今、私が各国の首脳訪問に携わる機会はなくなった。でも、どんな訪問でも、必ず一つや二つの人間ドラマはあるに違いない。今回のオバマ大統領の訪日中、そうした触れ合いがあって、安倍総理との間に人と人との絆が紡がれたことを期待したい。【海部優子】