久しぶりに「雨音」を聞いた気がした。ユネスコ世界遺産に登録されている、高野山に思いがけず一泊する機会を得た。宿坊でのこと、曇って降りそうな雲行きの中、坊に入った後から雨になった。
瓦屋根を打つ雨音、しとしと降り続いて、大きな音ではない、しかし、屋根から跳ね返る音がする。外の池からゲロゲロ音がした。あれはっ? と思ったら、やはり蛙だった。アオガエルとヒキガエルを久しぶりに見た。
梵鐘の音が雨に吸い込まれ、雨音はまた深い緑に吸い込まれて、心地よい静寂をつくっていた。他に泊まっている人がいないのではないかと思った。ホテルや旅館に泊まると、廊下を歩く足音や酔っ払いの大きな話し声、車や電車の音、冷蔵庫や空調機などの雑音が聞こえてくる。その騒音が全くない世界。携帯電話の音にどっきり。返事は小声になっていた。
雨が上がった早朝の勤行に参加させていただいたときになって、宿泊客の存在を知った。16人が参加していたが、そのうちの3人が日本人で手を合わせていた。他は外国人だった。参加の理由は何であれ、興味を持っていることだけはわかった。黙って、珍しそうに見ていた。
朝食の後、奥之院御廟にお参りすると、たくさんの人が参っていた。それでも、土・日よりは少ないのだと聞いた。
高野山へは、大阪なんばから南海電車で行ったが、極楽橋からロープウェーに乗る。この傾斜がすごい。最初の15度もすごいが、降り口近くの30度は、垂直に感じられた。
車中、後ろの席に座った老夫婦の会話が耳に入った。「極楽橋を渡って極楽に行けるのに、戻ったらもったいないなあ。帰って来んほうがいいのに…」と。確かに、深い緑の中にあるのは、極楽だったように思った。
声を出してはいけないような静けさの中で、高野山高校の球児とすれ違った時に「こんにちは」と元気な声を掛けられて、返事した自分の声が大きく感じられておかしかった。
日本のあちこちが猛暑や大雨に見舞われているとき、心が潤う静かな雨音と、田んぼや木々の緑に触れ、あちこち墓参りができて、身内の無事を確認できた。
ありがたかった。【大石克子】