2003年に開戦したイラク戦争で一人息子を失った、沖縄県出身の日本人母にインタビューする機会があった。
 待望の男の子を出産したあの日のこと、体が小さく泣き虫だった子が力強く成人し、陸軍の制服姿で「行ってくるね」と言った力強い声、突然軍服姿の使者が玄関に現れた11年前の午後、遺体の損傷が激しく、棺の中の息子の一部が人形に換えられている中、握った片手が彼の手であると感じたあの感覚―。すべてを鮮明に、昨日のことのように覚えていると、彼女は涙した。
 一人息子の死を受け入れられず苦しんだ日々、息子の元婚約者に新しい恋人ができたと聞き、憎しみに近い感情を持ったこと、息子が亡くなったことで世間を騒がせ、迷惑をかけたと感じて人前に出られなくなった日々、長いこと「息子を誇りに思う」と言えなかった苦悩などについて、赤裸々に語ってくれた。
 心を失ってしまった彼女に再び生きる希望をもたらしてくれたのは、夢に現れる息子と、街中で声をかけてくれた見ず知らずの人の優しさだった。喧嘩の後に「ごめんなさい」とこっそりチョコレートを置くような優しい子だった息子は、亡くなった今でも、夢の中で母を思っている。
 彼女が話してくれたこの11年の感情は、きれい事では一切語ることのできない、大事に育ててきたわが子を失った人の生の声だった。彼女の痛いほどに正直な気持ちを伺いながら、ともに涙した。
 11年という長い年月、「否定」「怒り」「絶望」といった感情を経て、「息子を誇りに思う」と初めて言えるようになった今、彼女は息子の素晴らしさを多くの人に知ってもらいたいと、最後に笑顔を見せた。
 取材を終えた後、この日初めて顔を合わせた私を信頼し、長い間胸の奥にしまい込んでいた感情を打ち明けてくれた彼女に、心から感謝した。生身の気持ちを話すことは、決して容易ではなかったはず。彼女の勇気を無駄にしないよう、心を込めて、忠実に、母の思いを記事にまとめた。【中村良子】

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