正月料理に飽きると鍋料理の出番だ。手元には、土鍋一つを使っての『男のええ加減料理』(石蔵文信著・講談社)。「60歳からの超入門書」とあるこの本は、両親の介護や娘の出産手伝いで近頃家を留守にすることが多い私が、その間ひとりになる夫の食生活を心配して購入したものだ。
この本の生まれた経緯が興味深い。著者の石蔵さんは、実は料理研究家でも栄養士でもなく、関西在住の内科・循環器科の専門医。その石蔵さんが「男の料理教室」を開催し本を出版するに至ったのは、なんとバイアグラの日本上陸が関係するという。
性機能と循環器疾患の関係について研究をしていた石蔵医師は、周囲から「変わり者」と言われ無視されていたのだとか。が、1999年に日本でバイアグラが発売され心臓との関係を危惧する声が高まると、その研究は急に脚光を浴びた。そこでバイアグラを処方する外来を設立し「男性更年期外来」と名づけたところ、予想外のことに、勃起不全の患者以外に、うつ状態の男性が多く受診に訪れるようになったのだそうだ。
日本の男性の多くは定年後、最初のうちは旅行や趣味で楽しく過ごせるが、次第にやることがなくなり、うつ状態になる(「定年後うつ」)。一方、妻もまた、「亭主元気で留守がいい」状態だったのが、日中も夫に拘束されるようになり、うつ状態(いわゆる「昼食うつ」)に陥る。そこで「定年後の夫が昼食を作れば、夫婦ともにうつ状態から脱するのではないか?」と考えたのが、料理教室の始まりだったとか。
教室を開催するうちに分かったことがある。参加者にとっては、数種類の調味料を使うことは難しく、調理道具や食器は出しすぎると片付けが億劫になること。また妻にとって最大の関心は夫の料理の出来でなく、調理後に台所が元のように片付いているか否かであること。
その結果、「土鍋で作って食べるから片付けも楽チン。味付けは調味料ひとつだから料理初心者でも迷わず作れる!『お一人様』にもオススメ!」と謳う『男のええ加減料理』が誕生したのだ。
夫の練習も兼ね、わが家では当分鍋料理が続きそうだ。【楠瀬明子】