
小林会長と役員がステージに上がり、前加州議会下院議員のアル・ムラツチさんの立ち合いの下、任務を全うすることを誓い正式に就任した。188人の参加者が日系社会の期待を込めた大きな拍手を送り、新役員の船出を盛大に祝った。

来賓を代表し、県人会協議会名誉会長の堀之内秀久・在ロサンゼルス日本総領事と、ディレック・フルカワ・南加庭園業連盟会長、青木義男・南加日系商工会議所会頭が、それぞれ祝辞を贈った。3氏はともに、当銘貞夫前協議会会長の労をねぎらい、新会長と協議会の前途を祝した。
昨年度の役員に対する表彰を行った。当銘会長と、章子ケースビア書記、奨学資金部の野崎住吉部長と福岡健二会計、撫養真寿美・特別会計、西元和彦・ゴルフ大会委員長、平山安正・選管委員長、ジョージ・森・娯楽部長、芥川義則・広報部長にそれぞれ、感謝の盾と記念品が贈られた。

全県人会の会長と会長代理がステージに上がり、1人30秒の持ち時間で、郷土自慢やそれぞれの活動状況を紹介した。どの会も愛郷心に満ち溢れ、会員間で親睦を深めているという。アイデアを出し合って各種イベントを企画し、会員の増強に努めるなどの工夫が披露された。第2式の余興では、小林会長が掲げる地方文化を早速、披露。会長自らマイクを握る演出で、出身地山形の民謡「花笠音頭」を熱唱した。
小林新体制で始動
改革は「次世代のため」
小林会長は、1974年に日本製カーステレオを販売する駐在員として初渡米した。4年間勤務し帰国して、東京の本社務めの後、退職した。80年に再渡米し起業、カーステレオの販売とサービス一筋に生き、2年前に引退した。テキサス州に支社を設け、全米を飛び回る忙しい業務のかたわら、38年前に入会した山形県人会では、2度にわたり通算9年間会長職を全うした。
県人会協議会には12年間所属する。これまでに、副会長そして役員会の委員長を任され、4年前に非営利組織になった際には、会則の改正に尽力した。温厚篤実で誰からも好かれ、昨年11月に開かれた県人会協議会の理事会の会長選では、人望を慕う会員から票を集め勝利した。

協議会の礎を築き、発展を支えた年長者に対しては「敬意を払いながら理解を求めたい。改革のための協力をお願いして、少しずつ変えていきたい。先輩たちから『後輩に任せてもいい』、という信頼を得たい」と抱負を述べた。
加盟県人会については「県人会があるから、県人会協議会があることを忘れてはならない。各県人会と協議会が共同でイベントをするなど、県人会を巻き込みたい」。地方文化にこだわる理由は、武道や華道、茶道、書道など一般的な日本文化は他の多くの団体が普及に励んでいるとし「郷土の食や祭の紹介など、各県の特色を最大限に生かさなければ意味がない。県人会にはそれができる」と説明。「若い人に、ただ『入会して下さい』と言っても無理。何か地方文化に関するイベントで盛り上げて、興味を持ってもらえれば、会員数が増えると思う」と述べ、実現のための連携を呼び掛ける。【永田潤、写真も】



