平野さんは、3つの大きさの紙に力強く揮毫する。特大の3枚にはそれぞれに「慈(慈愛)」「平(平和)」「愛」を、中判には「日本の国花を表現したかった」という「桜」を朱墨を用いて、十数枚の色紙には観客のすぐ前で、「椿」を絵と漢字で表し、緑のスプレーで葉を描いた。会場から感嘆の声が上がったのは、ダンサーの衣装に墨を付けたり、字を書いたりする奇抜な演出が見られたためだ。女性ダンサーの胸に、ゆっくりと優しく「愛」と書き、約40分間のショーを静かに締めた。
鑑賞者は、アーティストやアートを趣味にする人が多くおり、その1人で、同アートセンターのすぐ近くに住むエルビラ・ムニュオスさんは、音楽と絵画、彫刻を愛好する。ショーについて「不思議な感じで、興味深く見させてもらった。大きなブラシでダンサーの体に字を書いたりし、とてもエンターテイン性に富んで驚き、次は何が起こるのかワクワクして見た」と話した。「それぞれのパフォーマーが無言のうちに意思疎通を図っている感じがしたのが印象的で、刺激を受けた」と語った。
ショーのディレクター兼振付け師のハイジ・ダックラーさんは数々のショーを手掛けるが、書家とのコラボレーションは今回が初めてだといいい「世界各国の音楽とダンス、そして日本の書道という異種のアートが、うまく噛み合い、とてもすばらしいショーを見せることができた」と胸を張った。「イサ(平野さん)は、とてもパワフルな演技を見せ、観客はイサからインスパイアーされたと思うとうれしい」と評価した。
大学でモダンアートを専攻した平野さんは、創作活動の中で、書道を取り入れた。「白と黒というクラシック(日本の伝統的)な表現を加え、西洋の画材の良さを生かして、色彩などの技術を駆使し、和洋のアートをミックスさせた平面作品を作るようになった」という。書道の実演の醍醐味は「刹那を捕まえて表現できること」といい、一本一本、線を重ね、膨大な時間をかけて仕上げる絵画とは裏腹に「作品を仕上げる瞬間を(鑑賞者と)共有でき、書家冥利に尽きる」と力説。今後の海外での活動については「1年に1度はやりたい」と意欲をみせ「クラシックダンスと演じてもおもしろいかもしれない」と述べ、今回のショーの成功を生かす考えを示した。【永田潤、写真も】