現在、介護のため高知・桂浜近くに滞在中。ここはまた33番札所の雪蹊寺があるだけに、お遍路さんの姿を日々見かける。
 今ではバスや乗用車、自転車を利用することもある四国八十八箇所巡礼だが、まだまだ歩き遍路は少なくない。そんなお遍路さんにとって土佐路は特に辛いという。何しろ室戸岬から足摺岬までの長い海岸線に16の札所。寺から寺への距離が遠いのだ。
 その土佐路にこの春、お遍路さんの無料接待所が一つ増えた。32番札所・禅師峰寺から33番札所・雪蹊寺へは最後に無料の県営渡船で浦戸湾を渡るのだが、渡船乗り場から雪蹊寺に向かう道の途中にあったかつての呉服店が、改装されて無料接待所となったのだ。地元で長年親しまれた店だったと回顧する夫と一緒に訪ねてみた。
 建物は木造2階建てで、1935年の建築。外壁のしっくいが黒く塗られているのは、戦時中に空襲の標的になるのを防ぐためだったとか。
 1階の土間はお接待のためのテーブルや椅子が置かれているが、壁には呉服店当時の棚や引き出し、天井からは「百足(むかで)足袋」の吊り下げ看板、極め付けは奥の畳の間に飾られた華やかな打ち掛け。その向こうには中庭の緑が美しく、お遍路さんでなくともほっと一息つきたくなる空間が誕生していた。
 茶や菓子の接待だけでなくトイレやWi-Fiが利用できるのは、お遍路さんにとり助かるに違いない。地域の方もどうぞとの声に、私たちもお茶をごちそうになった。
 建物を借り受け運営しているのは、地元のNPO。接待所のボランティアさんのもてなしに多くのお遍路さんが癒されていることは、ノートに残されたコメントで分かる。日本各地はもとより、海外からのお遍路さんの書き込みもベルギー、フランス、オランダ、イタリア、オーストラリア、アメリカとさまざまだ。
 夫によれば、玄関にお遍路さんが立てば必ず米かお金を渡すのがこの土地の習わしだったという。形は変わっても、ここは今なお「お接待の心」の根付いた土地なのだ。四国霊場を巡ることがあれば、33番札所近くの旧岸上呉服店でお茶をどうぞ。【楠瀬明子】

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