アメリカの都市名には外国の都市名を使ったものが多々あり、メンフィスもその一つで古代エジプトの都市名にちなんだものだ。その名前を始めて耳にしたのは学生だった頃の友人が「メンフィスのスペルにはPが入っているが、メンピスとは発音しないんだ」というのを聞いた時のように記憶している。当時「ホンキートンク・ウィメン」がヒットしていてその歌詞にメンフィスが入っていた。
 メンフィスは首都のナッシュビルに次いでテネシー州で2番目に大きな街で、19世紀初頭に街が興され綿花の集散地として発展していった。綿花の栽培に必要な人力の確保のため、奴隷市場があったことで今でも人口の6割が黒人、ナッシュビルと正反対の比率だ。そんなこともあってだろう。カントリーミュージック、ブルーグラスのナッシュビルに対しブルース、ソウルミュージックのメンフィスだ。
 メンフィスの名前が付いている曲名ですぐに思い当たるのは、チャック・ベリーの「メンフィス」。60年代後期にはジャズミュージシャンのハービー・マンによる「メンフィス・アンダーグラウンド」がヒット。歌の入らないジャズでポピュラーミュージックチャートにも登場した数少ない曲の一つだ。ホンキートンク・ウィメン以外で歌詞に使われた曲で思い当たるのは「プラウドメアリー」。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルがオリジナルだが、アイク&ティナ・ターナーもヒットさせた。トーキングヘッズの「シティーズ」。余談だが、この曲がヒットしていた80年代初頭にはメンフィスデザインと呼ばれる家具や建築が流行っていて、LAダウンタウンのバンカーヒルズにある磯崎新によるMOCAはよく知られている。
 さぞかし音楽で街中がにぎわっているものかと勝手に想像していたメンフィス。観光スポットのサンスタジオ、グレースランド、スタックスミュージアムなどポピュラーミュージックの聖地やナショナル・シビルライツ博物館を訪れたが、ビールストリート以外は思いのほか静かなアメリカの中都市だった。訪れたのが昨年のパンデミック、第2波が少し落ち着いた時期だったのも関係していたのかもしれない。【清水一路】磁針

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