「日米の懸け橋」とか、「民間国際交流」と言うが、言うは易し、行なうは難し。それに相手あっての物種。一回だけならまだしも、それを何年、何十年も続けるのは並大抵のことではない。
 第一に、何のために、誰のために、そんな面倒なことをするのか。その目標が定まっていなければ、そう簡単には踏み切れない。
 しかも外交官とか団体の渉外担当とは違って、「民間」という以上は、政府からは、補助金など出ない。カネはすべて財団助成や企業寄付に頼らざるをえない。
 そんな難儀なことを42年もの間、やってきた人がいる。独立・民間の非営利組織「日本国際交流センター」の山本正さんだ。
 その山本さんが4月15日深夜、亡くなった。享年76。胆のうガンだった。
 当初、日米財界人交流に熱心だった大企業の社長の秘書として働いていた。が、その社長が衆院選に出馬したのを機に袂を分かち、裸一貫、民間交流事業に突き進んだ。
 山本さんは