日本語学校や日本人の保護者間の連絡が「父兄の皆様」で始まると、途端にがっかりしてしまう。これほど時代に合わない表現があるだろうか、とさえ思う。1990年代の終わりにはすでに、新聞やテレビで、親を表す「父兄」は使用されておらず、「親」「保護者」「父母」が一般的となった。
 この言葉の背景には、家父長制が横たわる。家の代表は男性家族であり、女子どもは庇護(ひご)されるものとする考え方からきている。
 小学校4、5年生のころ気になり始めたこの言葉。市立保育所の保育士だった母は、時々仕事を持ち帰り、茶の間のこたつにガリ版用の原紙を置いて保護者宛の手紙を鉄筆でガリガリと書いていた。書き出しはいつも「父兄」の文字。PTA会長は男性であっても、総会や授業参観に参加するのはほとんどが母親だ。百歩譲っても「兄」には納得がいかない。子ども心にそう感じていた。
 名前についても考え始めた。「私は結婚しても名前を変えません」と親に宣言するも一蹴された。早くに結婚すればするほど苗字と付き合う期間も短くなるが、ではなぜ、分厚い「命名辞典」を購入したり専門家に頼んだりしてまで苗字と相性の良い名前をわが子に与えるのか。自我が確立した数年後には自分の名前を失うのではないか。社会の差別や矛盾を思うと結婚は不安に近く、憧れには遠かった。
 結婚相手と同姓になりたい人が男女関係なく存在する一方で、名前を変えたくない人も大勢いる。婚姻の片方の当事者に氏名の変更を強いるのは差別的だとし「選択制夫婦別姓」の議論が90年代半ばから始まった。個人として生きるために自分の名前を選ぶ。別姓を望む人の意思はこれに尽きると思う。
 「夫婦同姓は日本の伝統」というのが反対・慎重派の理由の一つだが、夫婦同姓の導入は明治時代の民法改正(1898年)から。羅府新報の歴史とあまり変わらない。しかも同姓ならどちらの姓を名乗っても良いという今の状態になったのは、1947年以降という。
 代表質問に岸田総理は、慎重姿勢を崩さず「引き続き議論を」と答えた。あと4年ほどで30年間の議論となる。そろそろ決着してほしい。【麻生美重】

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