秋の日本にいる。冬眠る前のよそおいの中にいる。色付いているから秋だと思うし、冬に近づいている気配を感じる。東京外苑のイチョウ並木のそばのレストランに入ったら、すごい音を立ててギンナンが大量に席近くの足元に落ちてきた。
日本に着いた直後の読売新聞に「露の名作 上演の意義」という記事があった。記事の最後に指揮者の大野和士氏の「危機の時こそ『音楽をやるのが使命だ』と言えなくてはいけないと断言する」という文言が目に入り、戦時に音楽家が政治の影響を受けているのだと分かった。50年も前に読んだ本だからタイトルもうろ覚えだが「人間のしるし」だったように思う。第2次大戦中のナチスドイツに侵略されたフランスの家庭にドイツ兵が住み込んで、そこでは荒々しい兵士ではなく音楽を奏でる。フランス人家族は、侵略者である彼らの国の音楽を認め、音楽に癒やされる。侵略者の音楽に一時の安らぎを覚えていいのだろうかと葛藤する。音楽の与える影響は大きい。日本人が好むベートーベンの第9交響曲はヒットラーのお好みで、誕生日やイベントに演奏されたという。だから、侵略された国のイベントでは演奏されなかった歴史もある。
記事によればウクライナ侵攻でロシアのオペラの上演が中止や延期になった。指揮者の大野さんは政治に翻弄(ほんろう)されない音楽を訴えているのだと思った。時の独裁者と関係のある演奏家や指揮者を排除する動きは、動乱・戦争の中で必ずのように起こる。オーケストラや劇場が政府からの援助を受けないと維持・運営できない事情も絡む。日本は戦いに役立つものではないからと芸術は軽んじられ学生の出陣を余儀なくされ迫害も受けた。音楽や芸術に関わる人たちが政治に翻弄されてきたことは歴史から分かる。国家や民族でもその影響が根深いと思うことがある。日本人指揮者の音楽の持つ原点に立ち返った言葉は、有意義で勇気ある発言だと思った。
くしくも全国瞬時警報システムなるものが発出された。北朝鮮の弾道ミサイルが東北の上空を通過、落下の可能性があるということだった。防空壕(ごう)は?どこに避難すれば?となった。まさしく戦時に突入か?の事態を体験した。(大石克子)