イベントが終わり、参加者があいさつを交わしながら帰ってゆく。ドアの近くに1人の女性が、帰るでもなく、残るでもなく、立ってこちらを見ているのに気が付いたが、連れを待っているのだろうと思っていた。
 人々の流れが途絶えたところで、その女性がにっこりして頭を下げた。どこかで見たことのあるような、ないような、はて、誰だったろうと思いながら黙礼を返すと、「いつかはありがとうございました」と言いながら近づいてきた。
 さあ困った、向こうは私を知っているようだが、名前が思い出せない。歳のせいか近頃こんなことがよくある。何となく話をしながらイベントの話などをつないでいるうちにうまく思い出してホッとすることもあれば、最後まで思い出せずに「ごめんなさい、お名前は?」と最後に間抜けた質問をして冷や汗をかくこともある。仕事以外で接触があったようには思えないので、「何かお役に立ったことでもありましたか」と素直に尋ねてみた。
 この女性、Aさんは3年ほど前に他州から子どもの住むシカゴに移転してきたが友達もなく、毎日家でテレビを見たりして過ごし、娘さんと買い物に行くのだけが外出だったそうだが、「こんなことではいけない」と、思い切って昨年末に、ホリデー・イベントに出かけてきたのだと言う。会場に入ったもののどこにも見知った顔はなく、不安で心細くなり、そのまま帰ろうと出てきたロビーで、通りかかった私が「いらっしゃいませ。右手がギフト売り場でフード・コートは向こうです。もうすぐ太鼓の演奏が始まりますよ」と声をかけた、のだそうだ。
 「私はあなたが声をかけてくれたことに励まされて会場に戻り、太鼓の演奏を見ながら、隣の席の人と友達になりましてね、買い物までして帰ることができました。今日もこの集まりに出かけてきたのですよ」と微笑んだ。
 職場が主催の催しなら、入場者を迎えて歓迎し、会場の案内をするのは当然で、お礼を言ってもらうほどの事ではないが、そんなAさんがコミュニティーに馴染んでくれたことが何よりうれしい。
 「いらっしゃいませ」がよく効いた。(川口加代子)

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です