12年前の3月11日は寒かったが、今年は暖かい穏やかな日だった。桜の開花も14日と早かったが、これは東京の話。岩手の県北はまだまだ梅も桜もつぼみが固くて咲きそうにない。しかし、「暑さ寒さも彼岸まで」の彼岸の中日は摂氏20度にまで上がって、墓参りは汗ばむほどだった。一気にフキノトウが出てきて、春の味を楽しめた。
彼岸の巡り合わせか祖父母の写真を見つけ、父のいとこが著した「旅順・松山の歌」(1974年出版)も見つけた。「松山収容所」は何度か読んだことがあったが、他にも数冊あることが分かった。自身もシベリア抑留体験があったから捕虜問題は人間存在の根源を問うテーマだったに違いない。ロシア人捕虜、ドイツ人捕虜の処遇、捕虜が出会う日本人とのロマンなどエピソードも多彩。しかし、万人の興味を引くテーマではない。奥さんの内職で食いつなぐ生活だったようだ。その中で露人墓地を訪ね歩き、記録の掘り起こしを続けた。
まさに今、中ロの首脳会談、岸田首相がウクライナを電撃訪問。あまりのタイミング! ロシアとウクライナの戦争でも捕虜問題は避けられない。
たまたま目にした40年近く前の映画「地平線」の記事。故新藤兼人監督の実姉が、実家の倒産を結納金で救うために米国へ渡った体験を映画化したもの。借金の連帯保証人をして借財を背負わされて一家離散の話は当時はよく聞く。曾祖父も同じで、次男だった祖父は養子に出されて1人姓が違う。それこそ土地家屋全て失って、いとこたちはもちろん、あちこちに散って、墓をまとめたのも大分たってからのことだった。50年も前に墓の掘り起こしに行った記憶がある。父や父のいとこもいつも先祖のことを気にかけていたのは当然の成り行きだったと思う。
春めく話とは程遠かったが、お彼岸はやはり先祖に向き合うようになっているのだと思った。そして、3月は卒業の時期。岩手では、卒業だけならいいのだが、廃校のニュースが続く。WBC侍ジャパンの優勝だけが明るい話題だった。大谷翔平選手、佐々木朗希選手の活躍には出身地だけでなく岩手全県が沸いた。春の息吹を思わせた。(大石克子)
