ロサンゼルスには珍しく一日中雨の続く天気で、窓の外に降りしきる雨を見ながら心の向くままにSpotifyで音楽をサーフしていたら、10代の時に聞いた「はっぴいえんど」や「大瀧詠一」にたどりついた。雨をうたう歌が多いなぁ、暗いなぁ、寂しげだなぁ、と苦笑しながら、じんわりと懐かしい昭和の世界に。「窓の外は乱れ髪のような雨〜」と、これは「乱れ髪」という曲だ。
今や大作詞家となった松本隆さんが初期の作品で描いていた歌詞の風景、そう、あの「風街」と呼ばれた街の世界観は、長いこと私にとっての「ふるさと・東京」だった。町角の原っぱやコンクリートの高架橋、高速道路から見える東京湾などが原風景だったので、映画などで描かれる「日本の美しいふるさとの風景」は憧れだ。
「ふるさとでつながって県人会の活動をしている方々がうらやましく見えます」と言ったら、「東京会ありますよ」と教えていただいたが、なぜか「東京」と「ふるさと」という言葉はしっくりこなかった。一言で片付けてしまったらそれまでだが、これは「都会っ子」の特徴だろうか?
ところが坂本龍一さんの活動で有名になった神宮外苑のイチョウの木のことを考えるにつけ、私はちょっと変わった。坂本さんが小池百合子都知事に書き送った手紙を読んで自分の中に「ふるさとを守りたい」というほのかな気持ちが芽生えたのだ。
「…先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません。これらの樹々はどんな人にも恩恵をもたらしますが、開発によって恩恵を得るのは一握りの富裕層にしか過ぎません。この樹々は一度失ったら二度と取り戻すことができない自然です(抜粋)」
「いったい都知事は何をしているんだか」と思って調べてみると小池都知事は東京生まれではないし、歴代の東京都知事にも東京生まれは数えるほどしかいないらしい。都民と言うものの「東京が自分のふるさと」だと言い切れる人はどれだけいるのだろうか。東京でふるさとと呼べる風景はどんどん消えていく。次に帰国するときは、東京を「ふるさと」という目で見てみることにする。(長井智子)
