サンタバーバラに2泊3日の小旅行に出かけた。アムトラックに揺られて2時間半、妻と愛犬チャイを伴った汽車旅行だった。
カリフォルニア最古というサンタバーバラ埠頭(ふとう)でサンセットを見た。黄昏(たそがれ)の光が西の空にグレーがかったアッシュピンクの帯状のラインを描き、赤白紫黄色が鮮やかなグラデーションを創り出す。そして日没。突然、闇が全てを包み込んでしまった。
黄昏と言えば、映画「黄昏(原題 On Golden Pond)」が悲しげに描いた老いの光景を思い出す。あの胸を締め付けるような寂しさは、今はなかった。むしろあるがままに満ち足りている。日が落ちた瞬間に「音」がするとすれば、どんな音か。芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」のポチャンという音ではないのか、とふと思った。
鈴木大拙はこの句をこう解釈している。「永遠なる自然の生命(いのち)から比べれば、人間の一生は『水の音』に過ぎない。その瞬時を大切にせよ、と芭蕉は諭した」。
日没から小1時間後、埠頭近くのワインテイスティングに入った。数人しか客のいない小さな店「スカイエナ」の店主、レニー・ジャマーノさんは気さくなイタリア系男性だった。「日本人は謙虚で礼儀正しい。人前では大声でしゃべらない」と、まずは社交辞令。スウェーデン生まれの奥さんと来年日本に行くという。「どこへ行くのか」と聞くと、「(食い道楽の)大阪だ。食べ物がおいしいと聞いている」と迷わず答えた。テレビドラマ「Drops of God(邦題 神の雫)」の話にも花が咲いた。親日度は半端じゃなかった。
夕食を取ったシーフードレストランのウエーターは、「ハジメマシテ」と、習いたての日本語で話しかけてきた。緊張気味の目が輝いていた。高校生の頃、初めて会った米国人に英語で話しかけた時の自分と、この若者とを重ね合わせた。遠いかなたの記憶だった。
それにしても、この草の根の親日さはどこからくるのか。アニメ?大谷翔平?トヨタやホンダ?それだけではあるまい。
この国を訪れる日本人や他民族の米国人と毎日接している日系人を通して、大和民族の善さがこの国の草の根に浸透しているのだろう。
サンセットを見、新鮮な海肝(ウニ)をつつき、ワイングラスを傾け、日本人が褒められる、ゆったりと流れる時間と空間に身も心も委ねた「逢う魔が時」(おうまがとき)だった。(高濱 賛)
