【永田 潤】 昨年の秋に久しぶりに日本に帰国した。これまた久方ぶりの旧友と神戸で落ち合った。いくら頻繁にLINE(ライン)でやりとりしていても、実際の再会は格別なものがあった。顔を見つめ合いながら互いに年を取ったなあと笑い、学生時代の思い出話に花を咲かせた。そして神戸を訪れると必ず話題に上るのは阪神大震災。震災は私が渡米して数カ月後の1995年1月17日に起こった。
当時はまだパソコンとインターネットが一般家庭には普及しておらず、日本の情報はテレビとラジオのニュースに頼っていた。神戸の地震は大きく伝えられ、高速道路や高層マンションがなぎ倒され、まだ薄暗い早朝、広域にわたり街が燃えているのを見て恐ろしくなった。ライフラインが断たれ、飲み水や食料の配給に並ぶ人々、公共交通機関が止まり線路を歩く人々など、見るに堪えない光景が映し出され、外国にいる自分が何もできないもどかしさから、脱力感に襲われた。世界で大きな地震が起こるたびに、この時のことを思い出す。
日本は地震大国といわれる。阪神大震災以後、大きな地震だけでも2011年の東日本大震災、16年の熊本地震、そして今年初日には能登半島地震が起きた。
これら日本の大地震は寒い冬を襲うことが多く、能登では震災後に雪が降り続いている。停電、断水などにより日常の生活を奪われ神経が衰弱し、避難所生活を強いられている人たちが苦しんでいる。何とかして助けたい。そこに被災地の救援のために著名人たちが高額の寄付を行っている。とてもいいことで、他の人たちもこれらのインフルエンサーの後に続いてもらいたい。そしてインフラが整った次は、ボランティアの出番だ。被災者が元の家に戻って生活するには、雪かきやがれき、土砂、不用品の撤去が必要で、こうした重労働は、高齢者は1人では無理。
米国で暮らすわれわれが被災者のためにできることは、義援金集めでの貢献に違いない。当地の日系社会には日本との関わりのある団体が多く、同じ目的を持って協力すれば多額の見舞金が集まる。期待したい。(永田 潤)
