福岡で母を介護する間に、テネシー在住の次男が誕生日を迎えた。テレビ電話で「お誕生日おめでとう」を伝えると、息子は思いがけず祖母の顔も見ることができて喜んだ。しかし、それ以上に喜んだのは、久しぶりに孫と話すことができた母だ。「元気そうだったね。顔を見ることができて良かった」と繰り返す。そこで、長女一家と長男一家にもテレビ電話をかけて、母にもっと喜んでもらった。
 「今はこんなことができるのねえ。信じられないようなことだけど」「昔は電話をかけて。それも、決して安くはなかったよ」と母。確かに50年前、国際電話料金は本当に高かった。日本から電話をかけるのに、3分間で2400円くらい支払った覚えがある。新卒の月収の20分の1以上だった。仕事を辞めて再び学生となり1人でロサンゼルスに渡った夫もまた、25セント硬貨を次々に投入しながら学生寮から電話をかけてきたものだ。
 日本から米国への国際電話料金は、KDDIによればやがて1994年には3分700円、2002年には3分200円と、大きく下がった。米国からも、割安電話を利用すれば1分間が10セント以下でかけられるようになると、日本がぐんと近く感じられるようになった。
 今では、LINEやFaceTimeといったアプリを使えば、テレビ電話さえ無料で利用できる。その変化の大きさには、母でなくとも驚くばかりだ。
 ところが最近、これとは全く逆を感じる出来事があった。郵便だ。昨年12月半ばに日本から子どもたちにホリデーカードを送ったところ、米国に届いたのは全て1月中。1月上旬にテネシーへ、中旬にシアトルへ。クリスマスプレゼント兼お年玉として小切手を同封していたので、途中での紛失を心配するうちに月末、最後の1通がようやくケンタッキーに到着との連絡があった。投函(とうかん)から実に6週間以上。日本国内の事情なのか米国内の事情によるのか、たまたまなのか恒常的なことなのかさえ不明だが、残念な出来事だった。これでは、バースデーカードをタイムリーに郵送するなどはとても無理だろう。
 通信手段の変遷をつくづくと感じさせられたこの冬だ。(楠瀬明子)

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