家出してきためいに優しい笑顔を見せる平山      © Neon

 アカデミー賞国際長編映画賞候補の「Perfect Days」は、東京を舞台に役所広司など日本人俳優が日本語のせりふで展開する作品だが、監督はドイツ出身のビム・ベンダース。本作で主演の役所はカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した。
 ドイツ人監督が日本のトイレを舞台にした映画を作ると聞いて、「何事?」と思った。日本のトイレの清潔さとハイテクに感銘を受けたのか?と考えたが、違っていた。本作は、東京都渋谷区内に快適に利用できる公共トイレを設置する「THE TOKYO TOILET」 というプロジェクトのPRが起点だった。小津安二郎の大ファンで日本滞在経験が豊富な親日家ベンダース監督の起用が決まった後、監督から短編ではなく長編で作りたいという希望が出された。わずか17日間の撮影だったが、ベンダース監督はリアルな日本を見事に切り取り、スクリーンに映し出した。

家出してきためいに優しい笑顔を見せる平山     © Neon

 映画は、寡黙な中年男性・平山の日常を追って展開する。公共トイレの清掃員として、各トイレを掃除して回り、夜は眠くなるまで文庫本の小説を読み、カセットテープで青春時代の音楽を聴く。フィルムのカメラで木漏れ日を撮影し、その写真を箱に保存する。めいの登場で彼の生活に少し変化が表れ、過去に何かがあったことを観客に想像させる。
 ストーリーは、ありがちなものだが、ベンダース監督の映像センスと演出、平山を演じる役所の演技が観客を魅了していく。普段微笑まない男がふとした瞬間に笑顔を見せる。何かを思い出しているような眼差しをする。そんな一瞬一瞬に共感を覚えるのだ。そして、せりふの全くないオープンエンドなエンディングに心を打たれる。音は平山が運転する車のカーステレオから流れる音楽。映像は複雑な感情が渦巻く平山のアップ。少し笑顔になったかと思うとじわじわと涙目になっていく。平山の頭の中でどんな思い出がよみがえり、そして、何を思っているのかは分からない。しかし、そんな平山の表情は、われわれも経験したことがある表情。このシーンこそが、本作が賞レースをにぎわす理由だ。
 ベンダース監督は、本作をコロナのロックダウン明けの東京で撮影した。その時のことをこう振り返る。
 「ヨーロッパの街はロックダウン終了直後はメチャクチャで、そこら中ゴミだらけだった。でも、東京は真逆。みんな落ち着いていて、文明社会を実感させた。日本は公益(社会やコミュニティーが共有する利益)を重視する共通善(Common Good)があり、美を大切にする。街や他者に対しての敬意を持っているからこそ他の国と違う」
 他者に敬意を持ち、街や社会の利益を重んじるのは、全てのものに神さまが宿るという伝統文化があるからこそだ。他者にも、道にも、何より、トイレにも神さまがいるという文化は特殊だ。西洋人にはないそうした伝統文化があるから、災害や疫病の際に他民族とは違うリアクションをする。そんな日本の伝統文化を大切にしたい。(はせがわいずみ)
 Perfect Days 東京の古ぼけたアパートで1人暮らしをする中年男性の平山は、公衆トイレの清掃作業員として渋谷区内のトイレを掃除する日々を送っていた。そんな彼の下に家出をしてきためいが現れる。

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