子どものころよく父に連れられてパチンコ店に行った。当時は年齢制限がなかったのか店員に叱られることもなく、父から球をもらっては近くの台で打っていた。それなりに当たることもあって、たくさんの球とお菓子を交換してもらってうれしかったことを覚えている。
父は若い頃パチプロになりたかったと言っていたように何となく記憶している。パチプロは冗談だったかもしれないけれど、大学生の頃に通い始めて、大人になってからも、70代を過ぎた今でも、店舗の中に吸い込まれていくかのように足しげく通っているようだ。亡くなった祖父母もしていたので、中西家はわりと筋金入りだったのではと思う。
ただ、父がパチンコ依存症なのかと考えると、あの頻度から見るとある意味そうなのかもしれないとも思うのだが、自滅するほど借金を抱えて困っているというようなヤバさは感じることはなかった。少なくとも姉妹3人、普通に育ち、大学にも行った。
あまりにパチンコと身近な家庭に育っているので、私が今ごろハマっていても誰も驚かないだろうが、ありがたいことに賭博一般、宝くじにすら全く興味を持つことなく大人になった。それが一体どうしてだったのかは分からない。
世の中にはギャンブル依存症で苦しむ人たちがたくさんいると聞くし、父がパチンコに注ぎ込む金額とは比べものにはならないが、最近の水原一平通訳の一連の出来事は、まさにその悲惨さを物語っていた。いい仕事をして成功もして、誰もがうらやむ相棒がいて、未来がとても明るい人に見えた。隣にいるスーパースターに金づるとして接していたのならばあまりに悲しい。
多くの人たちが知りたいだろう。何が原因でそうなり、境界線を超えてしまい、自滅するところまで行ってしまったのか。そのプロセスは、案外、誰にとっても他人事ではなく、人生の教訓に満ちているかもしれない。
ギャンブルを完全に否定するわけではないけれど、やはりほどほどが大事。そこが難しいのだろうが、ギャンブラーの血が混じっている身としては、ことさらに射倖心をあおるものには気を付けなければと改めて思う。(中西奈緒)
