元旦早々に発生した能登半島地震の被災者復興支援のための、チャリティーディナーが4月22日、シカゴ地域の日本人シェフたちと、その友人の米国人シェフ、日本食レストラン業界の協力を得て開催された。プロジェクトリーダーの水内康夫氏はフレンチシェフで氷の彫刻を特技とし、東北大震災の時も率先して義援金募集のファンドレイジングの指揮を執った人である。当初は参加申し込みが少なく心配したが、パーティーの日が迫るに従って参加が増え、当日は広い会場がいっぱいになる盛況だった。
このパーティーに参加して、和風フレンチのコースディナーをエンジョイできた他にうれしかったのは、コロナ禍以来疎遠になっていた人や、中には25年近く会う機会のなかった昔の友人に会えたことである。
目が合った瞬間、お互いにしばらく見詰め合ったまま言葉が出なかった。
「Yさん?」
彼女がこくんとうなずき、笑顔があふれた。お互いに25年分確かに歳をとり、昔ほどさっそうとはいかないが、彼女は少しふっくらして、穏やかな美しさがあふれている。テーブルが別だったのでゆっくり話す時間はなかったが、近いうちに再会のチャンスがあるだろうと楽しみにしている。
シカゴで半世紀近く、藤間流の日本舞踊の師範として門下生を育て、自ら女形も立役もこなす舞踊家として、日本の舞台芸術の普及と文化交流に努めてきた藤間秀之丞師が去る4月6日他界された。40年近いお付き合いだったが、どんなに体の調子が悪くても、一度舞台に立てば決してそれを見せず、最後まで踊り終える根性をいつも見せてくれた。だが今度ばかりは1年半にわたる闘病から立ち直ることができなかった。
私とは同い年であり、舞台に関しては言いたいことをはっきり言わせてもらう一方、アーティストとして尊敬していた面も多々ある。同い年の人に先立たれるのは寂しいものである。ぴしっと背筋の伸びた舞台姿が懐かしく思い出される。
この頃は再会のない別れが増えてきた。
「一期一会」という言葉の意味が少しは分かりかけた気がする。(川口加代子)
