

ロサンゼルスのもう一つの日本町として知られるソーテルでこのほど、西羅府仏教会を会場に子どもの日のイベントが開かれた。普段は駐車場に使う寺の広い敷地にテントを並べ、この日主役の子どもたちをゲームや工作、着物体験などに迎えた。近くのソーテル日本学院に通う子どもの姿も多く、魚つりゲームやトイレットペーパー投げ、折り紙工作といった遊びに興じた。また、太鼓演奏や茶道実演なども行われ、大人も子どもも楽しんだ。
ゲームのテントはウェストロサンゼルス(西羅府)地域に根差す日系の非営利団体らが運営し、同時に彼らの日頃の活動を紹介した。中でも98年の歴史を持つソーテル日本学院は、現在3歳から18歳までの生徒が土曜日に日本語を学んでいるが、老朽化した校舎の改修工事が終わるこの秋に全日制の日本語保育園「テラサキ・ジャパニーズ・イマージョン・プリスクール」を開校するという。10月の始業を目指し、2歳から5歳まで2学級44人を募集している。園児は日本語を主体に生活し、日本の伝統行事や工作、モンテッソーリ教育を取り入れたカリキュラムになるという。PRに訪れていた保育園ディレクターの鳴海輝一さんは「新しい保育園のスタートはソーテルを未来につなぐために行う大きなプロジェクトだ」と表現し、コミュニティーが寄せる期待の大きさを物語った。

ホールではかつてソーテル地域に広がっていた大規模な日系コミュニティーに関する展示や短編映画上映を行った。展示は地域の歴史を研究するランディー・サカモトさんによるもので、観覧者にもサカモトさんが説明した。
「歴史の収集は祖父母の家で見た古い写真アルバムがきっかけだった」と話すサカモトさんは1946年ソーテル生まれ。成人後はサウスベイに住んだが、両親がソーテルにいたことや、当地のメソジスト教会に通っていたことから常にソーテルとつながっていた。今もソーテルにはメソジスト教会やホーリネス教会、仏教会がある。そして学校があり、日系の子どもたちが通っている。「昔は歩いて通ったが、今は車で両親に連れられてくる。その違いはあるが、子どもに日本語を習わせたい親の気持ちは同じだ」とサカモトさんは言う。「日系人は伝統と日本文化に大きな誇りを持っている。日本文化は他と違うものだけに、どこかでつながりを保とうとしている」。日系人の子孫が他人種や他国籍の結婚をして日系色が薄まることがある一方で、「現在ソーテルで日本語を学ぶ子どもの親は、必ずしも日本人や日系人とは限らない」と言い、「『新しい創出をする日本』『安全な日本』といった日本の良さが認識されたためだろう」と説明した。

ソーテルの歴史を守る意味とは何か。「ここはいつもソーテルと呼ばれてきた。一時は『リトル大阪』とか『小東京ウェスト』と呼ばれグーグルマップでは今も『リトル大阪』と表示されたりするが、古参の人間は反対していた。『ここはソーテルだ』と言っていた。だから、われわれがこの街に『ソーテルジャパンタウン』の看板を掲げる運動を始めた時も反対する人がいた」と振り返る。「われわれは『いやいや、50年後には状況が変わってここには日本人が1人もいなくなるかもしれない』と説得した。単にソーテルと聞けば素通りしてしまう街も、ソーテルジャパンタウンと聞けば、(未来の人は)はここに日本人が住んでいたと知り、興味を抱き、学ぶことができる」

ホールのステージではソーテルの進化と日系人コミュニティーの再定義をテーマにランドル・フジモトさんが制作した短編ドキュメンタリー「Redefining Community: The Evolution of Sawtelle Japantown」を上映し、続いてジャパンタウンの認知度アップを図る学生の取り組みを紹介したりした。
日系人は19世紀末期にロサンゼルスに移住を始め、1920年代以降にはソーテルで日本語教育のソーテル日本学院、西羅府仏教会、合同メソジスト教会などを中心とした活気あるコミュニティーを構成したという。日系人がソーテルに集中した理由には、近隣地域の大半が制限契約により日系人を住まわせなかったことがあった。
町は「ソーテル」と呼ばれ続けてきたが、日系人の運動が実を結び2015年、歴史的遺産をたたえて「ソーテルジャパンタウン」という名称が認められ、ロサンゼルスで第2の日本町になった。

目抜き通りのソーテル大通りには日系スーパーや和食店が立ち並ぶものの一歩裏に入れば住宅街が広がるこのエリアは、小東京に比べて一見地味だが、ここが学校や寺を中心にいまだ日系人のコミュニティーに根ざした町であることが、子どもの日のイベントを通じて伝わってきた。小東京の羅府別院を経て20年に西羅府仏教会の住職となった高田興芳開教使は「この寺ではコミュニティーとの関わりが多い」と話し、ソーテルの日系のつながりの強さをたたえた。
新しい日系保育園も含めてこの街には、商業地区の小東京とは違う役割があるように見える。幼少期に一定の時期を日系の学校や寺や教会で過ごした経験を持つ人は、大人になってもこの町を「和の心」のよりどころとするだろう。「ソーテルジャパンタウン」の標識を掲げるために活動した組織は、ジャパンタウンとしてのソーテルに磨きをかける活動を現在も続けている。「ソーテル子どもの日」はソーテルの未来を紡ぐ子どもたちのためのイベントであり、その活動が50年後、100年後に日本町の記憶を残す礎となるだろう。(長井智子、写真も)


