今年は1年中進退を考えていたような気がする。そしてその1年が慌ただしく過ぎようとしている。
年初めの計画では、初めて仕事に就いた日から25年目を迎える5月にはきれいさっぱり退職するつもりだった。ところが勤務先の定住者会は、新しい建物が完成する前に、3月末をもって立ち退かねばならず、プログラムは仮住まいで継続、職員のほとんが自宅勤務ということになり、全てが臨時で変則的。
では移転が完了する10月までと、そのまま慰留になり、建物の完成が遅れて12月となった今、今年いっぱいでリタイヤできると思ったが、「パートで良いからもう少し続けて…」とやんわり言われて断り切れず、こんな老体でよければと残ることになった。
ここ2、3年の間にスタッフが入れ替わり年齢層がぐっと若くなっていて、数年前のプログラムや行事の経験のない職員がほとんどになり、古いのも1人残しておこうということらしい。年が明ければめでたくパートタイマーという立場になるのだが、これにはいろいろと心構えが必要になるだろう。
年を取ると身体が動かなくなる分、口うるさくなりやすい。
一つ、「昔は…」を言うべからず。
一つ、「このごろの若い者は…」も禁句。
この二つは気を付けていても、なんだか出てきそうな気がする。空気が読めないなどと言われないように気を付けて…と数えてゆくと「見ざる、言わざる、聞かざる」が、平和な職場に波風立てず、あまり嫌われずに置いていただく心得のようだが、私の性格上ちょっとムリだし、それでは私のいる意味がない。
「ハイテクに関しては、腰を低くして教えを請い、決して先輩面をせず、若者グループにかわいがってもらえるよう努力しよう」。なんだかこれも疲れそうな気がする。
こう考えると、これまでいろんな道を歩いてきたが、年を重ねて多少面の皮が厚くなり、必要とあらば言いにくいことも言い、多くの方のお世話になり、少しは性格も丸くなったかなと思うが、やはり「私は私」、自然体で行くべきだという結論にたどり着いた。
少しだけゆっくり、そう、少しだけのんびりできる新年を迎えよう。(川口加代子)
