乾杯する鹿児島県人会「総会・新年会」の参加者

 南加鹿児島県人会(フランク大原会長)はこのほど、ガーデナの中国料理店「シーエンプレス」で総会・新年会を開催した。約70人が参加し、昨年の活動を振り返るとともに、新年を祝った。

あいさつに立つフランク大原会長

 同会は1899年に創立され、南加の鹿児島県人会として最も長い歴史を誇る。昨年10月には創立125周年を記念した祝賀式典を盛大に行い、320人が出席した。その中には鹿児島県の塩田康一知事や4人の市長をはじめ日本から40人を超える来賓の姿があった。大原会長は日本の母県からの一行を迎え、歓迎会、全米日系人博物館の見学、鹿児島県人先亡者慰霊碑への献花、お別れ会などを行った一連の様子を説明し、「昨年は総力を挙げて祝典を成し遂げ、県人会の歴史に残る1年となった」と振り返った。
 続いて、傘下の鹿児島ファンデーション(織田寿子会長)から昨年の活動報告があった。説明に立った鶴亀彰さんが「高校生への奨学金」「鹿児島の小学生とのZооm交流」「エッセーコンテスト」について紹介し、Zооm交流「波濤を超えてプロジェクト」は20回開催、また、コンテストは9人の会員子弟がエッセーを書いたことを報告した。
 総会が無事に終了すると新年昼食会に移り、海鮮中華料理の円卓を囲みながら歌のエンターテインメントやラッフル抽選を楽しんだ。エンターテインメントでは、日本から訪米中のプロ歌手・小芝陽子さんと山田リエさん、そして会員のサユリ・ニシさんが歌を披露した。小芝さんは歌謡曲のみならず、詩吟、民謡、合気道にも精通する多才な芸能人で、着物姿で2曲を披露し、会員と握手をしながら交流した。小芝さんと山田さんは当地滞在中に高齢者ホームの慰問にも訪れた。

エッセーコンテストについて説明する鶴亀さん

祖父母世代と孫世代が対話
エッセーコンテスト機に

 昨年の新たな試みだった「エッセーコンテスト」において、鶴亀さんはその狙いを「祖父母世代と孫世代のコミュニケーションを増やすことが米国で日本の歴史や文化を伝えていくことになり、将来的には日系社会の活力に結びつくのではないか」と説明した。孫世代に「アイ・ラブ・マイ・グランパ(グランマ)・フロム・鹿児島」というテーマで英語の作文を書く機会を提供したことで、孫が祖父母から真剣に話を聞く機会が生まれた。通訳を介したインタビューで英語が不得意な祖父母世代と対等に向かい合い、その結果、異なる年代の子どもたちからそれぞれ心を打つ内容のエッセーが生まれた。
 孫の世代が祖父母の故郷に興味を持つことで、理解が深まり、ギャップが埋まっていく。結果はそれを確信させるものであったことから、鹿児島県人会に倣って他の県人会でも同様の取り組みが広がり始めている。
 参加者の中には幼い子どものいる家族連れや、昨年県人会に加入した2人の新会員の姿が見られた。新会員の武田秀文さんは在米16年で、北薩摩地方の薩摩川内市の出身。また、同じく新会員の小濱(おばま)祐子さんは入会の動機について、「父が亡くなったことがきっかけだった」と話した。

小濱さん(左)と西さん。小濱さんの亡くなった父は、西さんと同級生だった

 小濱さんの話は奇遇である。名古屋に住んでいた父は病の床で故郷の鹿児島に帰りたいと希望していたが、コロナ禍のため願いがかなわず、無念のうちに亡くなった。そんな父をしのぶ思いから鹿児島県人会に入会した。すると驚いたことに、県人会顧問のタック西さんが、70年前に父親と同級生だったことが分かったという。70年ぶりにつながった人の縁の奇遇さに、小濱さんは「これは間違いなく父の采配だと感じた」としみじみと語った。
 エッセーを動機に世代を超えた対話が始まったり、愛する家族をしのぶ思いが故郷との縁を再構築したりする。県人会はそんな人の縁をつなぐよりどころとなることができる。そしてそこに生まれた興味が、言葉や世代、距離のギャップを越える種になる。今年で3期目となる大原会長は県人会の運営について「若い人につなげていくのが大きな目標だ」と明快に宣言している。
 県人会の今年は3月15日にローランドハイツで花見、8月2日にブエナパークで夏のピクニックを予定。また、十分に希望者が集まれば秋に訪日し鹿児島おはら祭を訪れるツアー旅行を計画するという。 (長井智子、写真も)

盛り上がりを見せたラッフル抽選会

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