小東京に私のパワースポットがある。全米日系人博物館とデモクラシーセンターに挟まれた広場の奥にそびえる、樹齢105年のモートン・ベイ・イチジクの巨樹だ。幹が太くどっしりと力強いその姿は「小東京のヌシ」のようで、日本人町の変貌を静かに見守っている。日米開戦で日系人立ち退き命令が出た時には、ここからバスに乗り込み収容所へ向かう人々の姿を見たことだろう。同じ目線の高さには昨年、ドジャース大谷選手の壁画ができて、町のにぎわいを喜んでいるだろう。
 この地にかつて建っていた高野山仏教寺院の創設者である青山秀泰師が植えたとされる。ロサンゼルス市の文化遺産委員会が2008年にこの木を歴史文化遺産に指定し、記念標識には「AOYAMA TREE」と記されている。
 この木は、博物館前の広場で繰り広げられてきた数々のムーブメントを見てきた「生き証人」でもある。2001年の同時多発テロ直後、第2次大戦中の強制収容で日系人が受けた人種差別が繰り返されぬよう、日系コミュニティーがアラブ系米国人への支持を示すために開いた大規模集会もその一つだ。
 南加鹿児島県人会歴史保存部の顧問・宮内武幸さんの自伝には、「小東京の生き証人」のタイトルで、この巨樹が紹介されている。ここで宮内さんは、小東京の3本の老木を紹介していて、もう1本が日米文化会館前の広場にある樹齢145年ほどのグレープフルーツの木だ。同自伝によると、この木はもともと2街にあり、1970年代の開発事業で切り倒されることになったのだが、多くの日系人がこの歴史的古木を残すよう強く要望し、ガーデナー組合員の尽力で現在地に移植されたのだという。
 このグレープフルーツの木は現在、アニメ「ピーナッツ」に出てくるチャーリーブラウンのクリスマスツリーのような弱々しい外見なのだが、立派に果実を実らせていて、その強い生命力に敬服する。
 宮内さんの自伝にある3本目の老木はウェラーコート近くにあったのだが、残念ながら2007年に切られてしまった。残る2本の木には、これからも長生きをして小東京を見守り続けてほしい。(平野真紀)

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