羅府コラムニスト小川弘子さんの音楽エッセー

 日本で昨年6月の公開からロングランが続いており、ついに米国でも一般公開の始まった映画「国宝」を、見に行ってきました。つい先日、興行収入200億円、観客動員1400万人を超えたと、配給元の東宝が発表したばかり。老若男女を問わず、リピーターも多く、もうほとんど社会現象と言ってよいほどのようです。私も、大変楽しみにしていました。

 まだ見ておられない方のために、「ネタバレ」になることは書きませんが、とにかく2時間55分という上映時間にかかわらず、その長さを全く感じさせませんでした。歌舞伎の世界を描きながらも、歌舞伎役者ではなく、テレビや映画、舞台などで活躍する俳優たちが演じているので、「二人藤娘」「鷺娘」「二人道成寺」「曽根崎心中」などの場面を専門家や歌舞伎を見慣れている人たちが見ると、「ツッコミどころ」は満載なのかもしれません。ただ、歌舞伎や日本舞踊に疎い私は、俳優たちの熱演と美しさに、ひたすら拍手を送りたくなりました。

 芥川賞作家の吉田修一さんが、歌舞伎役者・中村雁治郎さんの指導の下、3年間、歌舞伎の舞台袖から楽屋、稽古場まで、黒衣をまとって付いて回り、歌舞伎を中から見て書き上げたのが、小説「国宝」です。それまでも吉田さんの原作を映画化していた李相日(リ・サンイル)監督とのタッグで、予算的にも規模的にも映画化は不可能と思われていたこの作品が、空前の大ヒット映画となりました。ちなみに、雁治郎さんは、映画化にも全面的に協力し、自ら出演するだけでなく、歌舞伎の全ての場面の指導をされました。

 李監督は、映画化を考え始めた時から、主演は吉沢亮さんに決めていたと言っています。自作品に吉沢さんを起用したのは今回が初めてでありながら、吉沢さんでなければ映画化はできない、というほど強い希望だったそうです。吉沢さんと幼なじみで終生のライバル役は、横浜流星さん。吉沢さんは2021年、横浜さんは25年のNHKの大河ドラマの主役を務めたという若手の実力派俳優です。2人とも1年以上前から、歌舞伎と日本舞踊を、歩き方や所作などの基礎から学んだとのことで、映画の完成まで含めると、1年半にわたって「国宝」漬けで、「とてもぜいたくな時間でした」と語っています。

 この2人を支えるのが、渡辺謙さん、舞踏家で俳優の田中泯さん、歌舞伎俳優で人間国宝の尾上菊五郎さんを父に持つ寺島しのぶさんなどのべテラン勢です。彼らの存在感の大きさは言うまでもありませんが、特に田中さんの目力は鬼気迫るものがあり、出番は多くないものの、忘れられないほどの強烈な印象を残しています。上方歌舞伎界が舞台なので、全体として関西弁を話す役が多かったのですが、関西人(神戸出身)としては、やはり気になるところはありました。でも、皆さん、よくがんばられたという感じでしょうか。

 主役2人の壮絶な人生を、歌舞伎という題材で見せるヒューマンドラマですので、私のように歌舞伎に詳しくない人でも、全く問題なく楽しめる映画です。日本国内の数々の映画賞を受賞しただけでなく、カンヌ国際映画祭の監督週間で公式上映され6分間に及ぶスタンディングオベーションを受け、アカデミー賞のメーキャップ・ヘアスタイリング賞にもノミネートされています。せっかくの美しい映画ですし、2月19日からは上映館もぐっと増えましたので、映画館の大きなスクリーンで見ることを、ぜひお勧めします。

おがわ・ひろこ


神戸大学教育学部音楽科卒、同大学院修士課程修了。声楽、器楽、合唱、バレエなどのピアノ伴奏者、および合唱指導者。現在、南加日系合唱連盟会長。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。

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