
日系人市民同盟(JACL)のロサンゼルス・ダウンタウン支部と南加日系婦人会は、2026年「ウィメン・オブ・ザ・イヤー」として、ケイ・シズエ・カミさん、南谷いずみさん、山内繁子さんの3人を選出した。受賞者は地域社会への献身、日本文化の発展への貢献、専門分野での卓越した業績、そして困難に直面しても揺るがない強さと勇気を評価された。
表彰昼食会は5月3日(日)、モンテベロ市のクワイエット・キャノン(901 N. Via San Clemente)の宴会場クリスタル2および4で行い、現在、参加者を受け付けている。参加費は大人75ドル、子ども(10歳以下)30ドル。ベジタリアン希望の場合はその旨事前に申し込むこと。申し込み締め切りは4月15日。
受け付けは正午開始、開宴は12時半。贈り物は持参しないこと。席は10人掛けテーブルで配置される。
申し込みおよび支払いは「Downtown LA JACL」宛ての小切手を、参加者の名前のリストと共に下記に郵送する。
▽送り先は次の通り。
Amy Tambara
526 ½ W. Riggin St.,
Monterey Park, CA 91754
問い合わせは同賞議長のエイミー・タンバラさん(英語・夜間、323・722・3897)、またはロドニー・ナカタさん(英語/日本語・日中、213・628・1808)、トシエ・カワグチさん(日本語、323・434・3899)まで。
地域に根差す奉仕の精神
ケイ・シズエ・カミさん
カリフォルニア州サンバレー生まれ。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で二次元美術の学位を取得した。
カミさんの人生は家族の影響によって大きく形づくられてきた。母方の祖父ハリー・セツジ・オダさんは、パコイマにあるサンファナンドバレー日系コミュニティーセンター(SGVJACC)の創設メンバーの1人。祖母のツネコ・オダさんはサンファナンドバレー本願寺別院の婦人会リーダーだった。一方、父方の祖父ケイ・シズイチ・カミさん(彼女の名前はこの祖父にちなんで命名された)はロサンゼルス本願寺で活動していた。
祖父の遺志を受け継ぎ、カミさんはSGVJACCの多くのクラブに積極的に参加してきた。ほとんどの活動で食べ物や軽食を提供している他、子どもの日のための「こいのぼり」の絵の制作補助、資金調達活動、アーツ&クラフツクラブでの指導など、幅広く支えてきた。コミュニティーセンターの活動で常に信頼される存在として、寄付やクラフトワークショップの支援に尽力している。最近では2025年10月のイベントで、リサイクル紙を使った器づくりのワークショップを主導した。
父セイジさんはマリブのヒューズ・リサーチで機械技術者として働き、母エミコさんはサンファナンドバレーのモーニングサイド小学校で40年間、3年生を教えた。両親は長年培ったキャリアの成功の末、高齢者施設「ニッケイ・シニアガーデンズ」(NSG)の設立に多額の寄付を行った。カミさんは現在、同施設で毎月絵画教室の講師を務めている。
カミさんは先人の偉大な歩みの上に立ち、NSGや本願寺、コミュニティーセンターのイベントに軽食を携えて参加。それは彼女にとってささやかな行為であるが、周囲の人々に喜びをもたらしている。食料品店を営んでいた祖父の精神を受け継ぎながら、彼女の歩みは家族の支えと導きの積み重ねの上に築かれている。家族が示した強さと寛大さが、今の彼女の歩む道を形づくり、寄付やボランティア活動に熱心に取り組む姿勢を育んでいる。
生け花で文化継承と発信
南谷いずみさん
岡山県倉敷市生まれ。茶道と華道の教師であった母の影響を受け、伝統芸術に囲まれて育つ。やがて速水流茶道と池坊華道の師範資格を取得した。
1994年にロサンゼルスへ移住後、文化教育に尽力。2000年にガーデナ平原日本文化センター(JCI)で指導を開始し、同年池坊ロサンゼルス支部に入会。03年には教授会員となり、その指導力により支部最大の生徒数を築いた。20年には同支部の支部長に就任。23年の65周年記念では、池坊専永家元および池坊専好師を日本から迎え、海外初の支部を祝う重要な節目を成功させた。さらに「いけばな教授会」副会長として活動し、日本総領事公邸や二世週祭などで作品を展示。アニメ・エキスポでは23、24年に満員のワークショップを開催し、次世代への継承にも力を注いでいる。雅号は南谷泉芳。
07年以降、ロングビーチ日系文化センターでも教育者・リーダーとして活動。理事として組織運営に関わる他、装飾展示の企画や新年行事、カーニバルなどでのデモンストレーションを主導している。
また、20年に日系パイオニアセンターに加わり、その後理事に就任。21年から会員委員長として、会員拡大と地域への働きかけを主導し、組織の発展と活性化に貢献している。
ジャパンハウスや日米文化会館での活動を通じ、南カリフォルニアにおいていけばなの精神と美を広め続けている。
沖縄文化を体現する存在
山内繁子さん
山内繁子さんは東京大学で看護学位を取得後に、沖縄から渡米、移住した。亡き夫昌吉さんと共に4人の子どもを育て、子どもたちはいずれも専門職に就いている。
約30年間、北米沖縄県人会(OAA)に所属。年齢を感じさせない活力と情熱で、理事、婦人部長、会員委員長、「カジマヤー・シニア・クラブ」の会長、世界ウチナーンチュ親善大使などを歴任した。08年には同会の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。さらに全てのイベントで救護ボランティアとしても活動している。
舞踊と音楽を通じた沖縄文化の継承に尽力し、真境名本流愛元の会に所属して各種イベントに出演。また、琉球箏曲興陽会ロサンゼルス支部のメンバーとして音楽活動も行っている。
ガーデナバレー・バプテスト教会日本語部でも活動し、婦人会会長、書記ボランティア、奉仕ボランティアを務める。さらに18年間、日系女声合唱団「さくらコーラス」に所属し、敬老施設やコンサート、資金調達イベントで演奏してきた。
山内さんはその明るい笑顔と笑い声で広く知られ、家庭菜園の野菜や花を分け与えることでも親しまれている。病気の友人を訪ねることも多く、自宅にいることが少ないほどである。周囲から「スーパーウーマン」と評され、この受賞は極めてふさわしいものと言える。
