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誰か「ら」の字を知らないか

 昔、「もううるさいんだから…」と思っていた年寄りに、確実に一歩ずつ近づいている…ように思う。 小さなこと、日々の暮らしに大した影響のないようなことが、自分のこだわりだけで気になり始めるからである。 例えば「ら」の字の行方である。 一時期話題になりながら、改められることもなく、気が付けば堂々と大手を振って歩いている「ら抜き言葉」が気に入らない。幼稚園児から小学生くらいの子供を持つ若いお母さんたちの話を聞いていると、「ら」の字は最初から日本語に存在しなかったのではないかとさえ思う。 「コレ食べ(ら)れますか」 「どうかしら、多分食べ(ら)れると思うけど」 「人が多くて観(ら)れなかったわ」 かっこの中の「ら」の字がすべて抜けている。それでも会話はなんのトラブルもなく進んでおり、誰もおかしいとも間違っているとも思っていない(様子である)。 話し言葉は口から出たとたんに消えてゆくから気にならないのかも知れないが、私の耳は敏感にそれをキャッチして、そのたびに一瞬非常に居心地が悪くなる。 話し言葉だけではなく広告のキャッチフレーズまで「ら」抜き言葉で書かれていて立派に印刷されて、大きな顔をしている。驚いたといえば、先日ちょっとのぞいたYouTubeで、天下の海老蔵さんがやはり「ら」抜き言葉で話していた。 一体何を急いで、一文字抜いて話すのだろう。抜いたからとて税金が安くなるわけでも、時間の節約になるわけでもない。しかしこれほど「ら」抜きが普通になってくると、なんだか私が完全に時流に乗り遅れているのでは?という気もしてくる。そんなところへ友人から電話があり、新しくアップデートしたコンピューターが便利になったのはいいけれど、彼女が手紙を書いていて「見られない」とタイプしたところ「ら」の字の下に赤線が出て、「見れない」と、勝手に訂正したと言って、憤慨していた。 この手の電話は大歓迎で「まったく余計なお世話よね」と2人で意気投合し、「一体『ら』の字はどこへ行ったのだろう」と嘆きあったことである。【川口加代子】