東京に非常事態宣言が出て、満開だった桜が散り始めた頃、大林宣彦監督の訃報の知らせが届きました。4年前に余命宣告を受けてもなお映画を制作し続け、念願の新作の公開予定日に旅立ってしまいました。 東日本大震災の翌年、私は主催する映画祭で大林監督にゲスト出演をお願いするために、何度も足を運んだことを思い出しました。
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日系社会支えてくれた人
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「復興の花」は咲くのか
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物欲の後の「与える火曜日」
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