知り合いにやがて90歳に届こうという、いわば「老女」がいる。この人はこの年齢でみずからくるまの運転をして自分ひとりのための買物をし、病院にも通うという生活を毎日送っている人だが、年齢が年齢だからと見くびってはならない。毎月本屋に行って文藝春秋を買い、言語明瞭・頭脳明晰・容姿端麗。不勉強な筆者などは「あら、そのことなら文藝春秋何月号にだれそれが記事を書いてこう言っていたわよ」といわれてしまう始末なのだ。
 その人に一冊の本を読むように薦められた。元外務官僚・佐藤優氏とジャーナリストの魚住昭氏の対談で「ナショナリズムという迷宮(朝日文庫)」である。表紙にも副題として「ラスプーチンかく語りき」とあり、佐藤優氏は人も知る元外務官僚で、政治家の鈴木宗男氏と並んでロシア問題の専門家として一種の有名人で、その経歴から日本のマスコミにロシアの怪僧といわれる「ラスプーチン」に擬せられた人だ。
 この本を読んで驚いた。なにに驚いたかというと佐藤優氏の博識と考察に対してである。同氏は同志社大学の大学院で神学研究科を修了しており、宗教関係に詳しい人であることはわかっていたが、これほどまでとは思わなかった。というより、外務省というところは公金を濫用したり、官僚でありながら依然として世襲に等しい人事を実行していることなどから、筆者は外務省といえばウサン臭い役所であり、その役所の出身でさらに逮捕歴のゆえにどちらかといえば見くびっていた佐藤優氏であったが、同氏がこれほどの頭脳の冴えをこの対談本で示してくれたから驚いた。まったく軽々に他人を見くびるものでない。
 この本の内容にはあえて触れないが、自分の不明を恥じるとともに、これからは先入観を持たずに佐藤優氏の著作を読み込んでいこうと思う。外務省など中央官僚機構もさることながら、日本のマスコミもアテにならないことはつとに識者の指摘するところであり、これからは面倒でもいちいち自分で検証する必要があると痛感した次第だ。【木村敏和】

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