書斎に居ながらにして古い本を探すことが出来るようになったのは、オンラインショッピングのもたらした大きな変化の一つだろう。夫に頼まれて最近、二冊の専門書をインターネットで探した。一冊は、日本での学生の頃から何度も読み返し、今ではボロボロになってしまった本。もう一冊は、UCLAの大学院で学ぶときにどうしても手に入らなかったという本だ。
最初の本は、何冊かがインターネット上で売りに出ており、その中で「ベリーグッド」という状態のものを注文した。確かに、数日して届いたものは、誰かの本棚で長いこと眠っていたのだろうか、書き込みの一つもなく、きれいなまま。ただ、例外が一個所。第1ページに誰かが文章を書き、サインをしている。読んでみると、「Don’t believe everything you read!」とあり、署名が続いている。夫が飛び上がった。「こんな一文はよほど自信のある人しか書けないから、ひょっとしたらと思ったよ」と、目を細めては何度も署名を確かめる。これまで繰り返し読んだその本の著者の直筆サイン本が飛び込んできたのだ。例えて言えば、ジョン・レノンの大ファンのもとにサイン入りレコードが届いたようなものだろう。ましてその著者の弟子は後に夫のUCLAでの恩師となった教授で、夫は著者の孫弟子となったことを誇りに思っていたから、喜びと感激はひとしおだった。
次に「この本も探せたら」と夫が差し出したのは、本一冊分の複写ページを綴じたもの。右も左も分からずに留学して来た当時ずいぶんとお世話になった教授が、どうしても本が手に入らないと聞いて写させてくれたものだという。「To Professor Rokuro Muki with best wishes」との一文に著者署名が続くページもそのままコピーされていて、故・牟岐鹿楼教授の思い出話がひとしきり続いた。残念ながら本はインターネットでも見つけることが出来なかったが、直後に野本一平さんのコラムで牟岐夫人の訃報を知ることになったのは何かの縁だったろうか。時間を超え空間を越えて古本が行き交うこの時代は、本に刻み込まれた思いもまた遠くまで旅するときでもある。【楠瀬明子】