NHKテレビの「海外安全情報」を見るたびに「ああ、日本の情報伝達力の劣悪さをよく象徴しているプログラムだ」と思ってしまう。これは「いま危険がない海外の国・地方・都市はここですよ。安心して出かけてください」という情報を提供する番組ではない。
逆に、たとえば「中東の○○国では宗派間の武装抗争が激化している。宗教施設や政府機関、マーケットなどには近づかないように」「欧州の都市○○では、日本人を狙った置き引きやすりが増加している。手荷物や貴重品に十分に気をつけるように」などといった、日本人にとって海外のどこがいかに『危険』であるかを知らせる番組なのだ。
憂えるべきは、海外『危険』情報を、海外『安全』情報として伝えて、NHKが平然としているところだ。なぜなら、そこが、日本人が抱えている、情報発信・受容に関する大問題であるからだ。
『危険』が『安全』と言い換えられた、取り繕われた、歪んだ、こんな情報を渡し、受けつづけているうちに、事実が事実として伝えらないことに日本人が慣れきって、それで良しとするようになってしまう恐れがあるからだ。情報というものはこんなふうに「加工」して伝えられるものなのだと日本人が思い込んでしまいかねないからだ。
東京電力福島第一原子力発電所の大事故を思い出せば分かる。東京電力や原子力安全・保安院が、特に初めのうちは、自分たちに都合がいい形に取り繕った情報を発信しつづけたということが明らかになってきている。常日頃から、取り繕い情報の受け渡ししかしていなかったせいで、東電にも、安全・保安院にも、日本政府にも、正確な情報=事実を伝えることがこのような大災害時にいかに重要であるかが理解できていなかったということだ。そのせいで、事故への対応が遅れたかもしれないというのに。
事実=事の核心を伝え合うようにならなければ、日本人が抱えている問題は、それが何であるにせよ、いつまでも解決しないだろう。【江口 敦】