連邦議会議員や日系3世のテリー・ハラLAPD副本部長、新美潤・在ロサンゼルス日本総領事など来賓をはじめ、各地から集まった親族およそ1500人が見守る中、昨年ワシントンに行くことができなかった元兵士などおよそ150人に議会金メダルとブロンズスター・メダルが手渡された。式典にはすでに亡くなっている元兵士に代わりメダルを受け取る妻や家族の姿もあり、時折涙を浮かべ、生前の勇姿を思い起こしているかのようだった。
日系人部隊は主に激戦が繰り広げられたドイツ、イタリア、フランス戦線に投入され、その激戦ぶりは戦闘開始からわずか10カ月間でおよそ700人の日系兵士が命を落としたことが物語っている。戦地での活躍は米陸軍史上最も勇敢かつ優秀な部隊であったと称えられ、名誉勲章やシルバースター勲章など、最も多くの勲章を与えられた部隊としてその功績は高く評価されている。
元兵士の高齢化が進んだことを受け、カリフォルニア州民主党のバーバラ・ボクサー上院議員とアダム・シフ下院議員らが戦後65年に合わせ2010年、議会金メダルの授与法案を提出。議会での可決を経てオバマ大統領が同10月に法案に署名し、昨年その授与式が行われた。
受章者一人ひとりの名前が読み上げられ、メダルが手渡されると、来場者は拍手で祝福し、家族からは声援が贈られた。
442連隊の元兵士で参加者の中で最高齢のオーシャン・ミヤケさん(100)は、ワシントンで行われたメダル授与式とハワイでも開催された祝賀式典にも参加。娘のモニカ・デランティーさんは「議会金メダルの授与は元兵士が待ち望んでいたもの。父が生きて手にすることができてうれしい」と話す。
ミヤケさんの両親には13人の子どもがおり、兄弟はみな戦地に赴いた。生きて帰ってきたのは長男のミヤケさんと末っ子の2人だけ。「天国の祖父母も父の受章を心から喜んでいると思う」と語り、熱い涙をこぼしながら壇上の父の姿に見入っていた。
同じく442連隊の元兵士ジョージ・カナタニさん(94)も昨年のワシントンでの授与式に家族とともに出席した。多くの戦友を亡くし、メダルの受章を「戦友たちに捧げたい」と力を込めた。戦時中、両親はポストン日系人転住所に入所。戦地では毎日両親の身を案じていたという。
「われわれは敵だけでなく日系人に向けられた差別と偏見とも闘った」。娘のメグ・カナタニさんは「父を心から誇りに思う」と祝福の言葉を贈り、喜びを共に分かち合った。
式典はGo For Broke Educational Center、100th/442nd Veterans Association、MIS Veterans Association of Southern California、100th Infantry Battalion Veterans、JACL-Pacific Southwest District、Japanese American Bar Association、日米文化会館、全米日系博物館によって催され、およそ300人のボランティアスタッフが会場運営を手伝った。【吉田純子】
