1000年に1度など、とされる大地震と大津波が東北の太平洋岸を襲って1年と半年が過ぎる。徐々にではあるが、確実に復興に向かっている。この東日本大震災は、1995年に起こった阪神大震災と比較されることがあるが、被害が東関東と東北という広範囲にわたるため、立ち直るにはより長い年月が必要だ。
 神戸の町を震災から17年経った今年の1月に訪れた。当時の無惨な姿は、どこにも見当たらず、見事に甦ったと思った。だが、それは外見だけで、被災者の中には、いまだに心の傷が癒えないままでいる人も多いらしい。
 震災記念日は、慰霊したり、被災の状況や復興までの助け合いなどの教訓を後世に伝えるために重要な一日である。そして、同日は、非被災者には当時の悲惨な光景を想起させるに過ぎないだろう。だが、遺族にとっては、かけがえのない家族が奪われた命日であり、両者の気持ちで大きな違いがある。
 東北の復興までの道のりは、長くて険しい。そのことを人々は知っており、震災直後は「長期支援を」などと、心を1つにした。だが、月日が経ち、震災の記憶の風化が危惧される。
 募金運動などで高まった気運は、一体どこにいったのだろうか。何を基準に「復興を遂げた」と、判断すればいいか分からないが、確実に言えることは、まだ助けが必要ということ。そんな中で、コンサートやバザー、講演会など、被災地救済イベントを催す支援者には、頭が下がる。震災直後の気持ちを思い出し、みんなで参加して応援すべきである。
 東北から被災者が、しばしばロサンゼルスを訪れ、取材で話を聞く機会がある。やはり生の体験談は、心に迫るものがある。妻と娘を失った人は、気丈に振る舞っていたが、言葉に詰まり涙ぐむ。行方不明の父親を捜し回り、亡きがらと対面し泣き崩れたという高校生。嫌なことを思い出させたことを悔い、質問できなくなることがある。「暗い気持ちは、皆に助けられて明るくなり、頑張ることができた」と、語った遺児の元気な言葉で、逆に励まされることもあった。みんな「前に進むしかない」と口を揃える。それを後押しするのが、われわれ。【永田 潤】

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