リサーチの仕事の途中で休憩をとった。コーヒーを飲みながら、Youtubeで最新の「ものまね」に寄り道。その後、本日のニュースをチェック。すると興味深いオリンピックの歴史に辿り着いた。
 1940年(昭和15)の出来事だ。その年の夏季オリンピックは、実は東京で開催される予定であった。しかし、日中戦争の勃発で中止に。開催候補地の次点だったヘルシンキに譲った。しかし、こちらも第二次世界大戦勃発で結局中止になった。
 その4年前の1936年(昭和11)、ベルリン大会開幕直前、IOC(国際オリンピック委員会)の投票会議で「次回開催地は東京」と決議された。やがて高度成長期の1964年(昭和39)にアジアで最初のオリンピック開催と絶賛され実現した。しかし、驚くべきことは、日本はもっと以前に、オリンピック開催を託された、つまり、先進国の仲間入りを既に認められていたことだ。
 仕事より、こっちの話題の方が楽しくなってきた。リサーチは続く。1940年の冬季オリンピックも、実は札幌で開催予定であった。同じくこれも戦争勃発で中止になったが…(1972年に遂に札幌で開催)。つまり、同じ年に、夏季と冬季の2つのオリンピックが東京と札幌で開催するはずだった。テレビはまだなかったので、おそらくラジオでだろうが、国中がどれだけ歓喜したことであろう。第二次世界大戦開戦の1年前である。一体他に何の意味が?
 実は、神武天皇即位から2600年目にあたるのが1940年だ。長い歴史を持ち、伝統を重んじる「日本」を世界にアピールする絶好の機会だったのだ。日本各地でさまざまな行事や式典が盛大に行われた。オリンピックもまさにそのプロパガンダの一環だったらしい。
 オリンピックは、人類が一堂に集まり、世界平和を促進するイベントだ。いつの日か、パレスチナとイスラエルがオリンピックを共同開催して、中近東諸国の平和、そして世界の平和をプロパガンダしてほしい、と思った。
【長土居政史】

Leave a comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *